メイク・アニマ

河端夕タ

私がこの世で最もきらいなもの

 アニメって、なに?


 語源は、ラテン語(……ラテンってどこ?)で「魂」を意味する「アニマ」。


 絵を何千枚、何万枚も重ねることで、まるでキャラクターが「魂」を持ち、生きて動いているように見せる映像表現のこと。


 監督、アニメーター、声優……。たくさんの人たちが「魂」をこめて作りあげるアニメは、日本中、世界中の人たちを夢中にさせるもの。


 そして、私、亜仁間芽衣あにまめいがこの世で最もきらいなものだ。


「ほら、芽衣! 芽衣が好きな『キューティエイター』シリーズの新作だ!」


 日曜日の朝。お父さんは私に、一枚のポスターを見せてくる。


 でかでかと描かれているのは、キラキラお目目にフリフリスカートの女の子。片手に剣をにぎって、私に笑いかけている。


「……お父さん。ご飯中にやめて。行儀悪い」


 冷たく言って、私はぷいっと目をそらす。


「芽衣がずっと好きだったアニメじゃないか! 『可憐剣士キューティエイター』略して『キューター』! パパが新作映画の監督をやるというのに、うれしくないのかっ?」


「うれしく、ない」


 バッサリ切りすてた。お父さんはこの世の終わりみたいな顔でうなだれる。


「もう、芽衣ってば照れ屋さんなのね」


 と、お父さんの肩に手を置くのは、となりに座るお母さん。


「昔はテレビの前で、真似っこばっかりしていたじゃない。『芽衣は、キューターになってみんなを守る!』って」


「昔のことでしょ」


「それに、この主人公はお母さんがデザインしたのよ? ほら、髪型とかスカートとか、かわいいでしょ〜?」


 と、お母さんはポスターの女の子を指差す。「そう! ママ天才っ!」「いぇ〜い!」なんて、両親はハイタッチ。それはそれで見ていられない。


「どうでもいいし」


 そう。アニメなんてどうでもいい。

 私には、ヨーグルトにジャムかハチミツのどちらを入れるか、その方が大切だ。


「そうそう。あのころの芽衣は、かわいかったのになー」


 私が選んだハチミツを横からひったくるのは、憎きお姉ちゃん。


「お姉ちゃん! ハチミツ、私が食べたいのに!」

「ざんねーん。使いきっちゃったぁ」


 お姉ちゃんは紅茶の中にベタベタとハチミツを入れる。空のビンだけが私の前に残った。


「あー!」


「ふふん。商売道具のノドのケアには、ハチミツが一番なの」


 そんなことを言いながら、お姉ちゃんはアニメの台本に目を通している。


 ここまでで、お分かりだろうか?

 私の家は、自他ともに認めるアニメ一家なのだ。


 お父さんは、ヒット作をいくつも手がけるアニメ監督。

 お母さんは、紙の上にキャラクターを生みだすアニメーター。

 お姉ちゃんは、現役高校生にして今をときめく売れっ子声優。


 そんな亜仁間家の一員だからって、アニメ好きじゃなきゃいけない、なんて決まりはない。


「アニメなんて、子どもだましの作り物でしょ! こんなのに夢中になるのは、もう卒業したし!」


 ドン! と、机をたたく。そのせいで、ポスターが床に落ちてしまった。


 お父さんもお母さんも怒るわけでもなく「まだ子どもなのに?」と笑ってくる。それもむかむかする。


 ……私のアニメぎらいには、ちゃんと理由があるのに。


「来年は中学生になるっていうのに、芽衣はいつまでもお子ちゃまだよねぇ。必死になって否定するあたりが、キューターになりたいころのままじゃん」

「お姉ちゃん、うるさい!」


 なにを言っても、お姉ちゃんはすまし顔。こういうとき、お姉ちゃんには敵わないと思ってしまう。くやしいけど……。


「もう、ケンカしないの。姉妹ふたり、仲良くしなきゃダメでしょ〜」


 お母さんの言葉に、どきっとする。

 心臓が止まるような、最悪な気分。


「どうした、芽衣?」


 お父さんが、顔をのぞきこんでくる。


「……ねぇ、お父さん。お母さん。お姉ちゃん」


 私は真剣な表情で、たずねる。


「私に、弟っている?」


 三人ともぽかんとして、数秒。みんなが同時に笑った。


「なに言っているんだ? 芽衣に、弟はいないじゃないか」


 ちがう。


 たしかに、私に弟はいた。でも、いなくなった。


 弟は、アニメに奪われたんだ。

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