第3話
「お前……」
だが、そんな戸惑いも一瞬だった。乱暴に腕を掴んだまま、カーティスはずんずんと部屋の奥へ歩いていく。そこには、もう一つ扉があった。
細い指がノブを掴み、がちゃ、とひねる音がする。
「お、お待ちください、殿下……!」
「そこで待ってろ……!」
思わず振り返ったナタリアの視界に、カーティスを止めようとした騎士がよろよろと立ちあたり、部屋に踏み込もうとするのが見えた。だが、その一歩を踏み下ろすこともできず、彼が部屋から弾き飛ばされる。
どん、と騎士が背中を強く打ち付ける音が聞こえた。思わず振り返ろうとしたナタリアの背を、カーティスが乱暴に押す。
「……っ」
「ふん……お前はこっちだ」
扉が開かれ、背を押されたナタリアはよろけながら室内へ足を踏み入れた。薄暗い部屋の中、背後で扉をばたんと閉められて身がすくむ。
閉じ込められたのか、と思ったが、すぐ背後からカーティスの声がした。
「……脱げ」
「えっ……?」
一瞬、何を言われたのかわからずに、ナタリアは背後を振り返った。だが、暗い部屋の中ではフードを被ったままのカーティスの表情はわからない。
戸惑うナタリアを威嚇するかのように、カーティスの口から低い呻き声が漏れた。
「脱げ、って言ったんだよ。わかるだろ」
ナタリアは目を瞬かせた。脱げ、というのはドレスを、ということだろうか。いや、当たり前か、それ以外に脱ぐようなものをナタリアは身に着けていないのだから。
そんなナタリアを馬鹿にしたような態度で、カーティスが目の前にある大きな影に腰を降ろす。
――どんな扱いも、耐えるように。
王の言葉が再び耳元でよみがえって、ナタリアはきつく唇をかみしめた。
暗がりに目が慣れてきて、ナタリアの視界にもうすぼんやりと部屋の様子がわかる。部屋の大半を占めているのは、大きな寝台。天蓋付きの立派なもののようだ。カーティスが腰を降ろしたのは、その寝台だった。
つまり、ここは寝室で――ナタリアはこれから、ここで彼に抱かれるのだろう。
けれど、まだ彼の顔をはっきりと見てもいない。挨拶すらしていないのに――。
「……できないのか?」
そんな覚悟もなくここへ来たのか。言外にそう言われたような気がして、ナタリアはゆっくりと、震える手をドレスにかけた。覚悟は、とうに決めてきたはずだ。
ボタンを外し、身頃をを緩め――ナタリアはそこで重大な問題に気付いた。
「申し訳ありませんが……」
「怖気づいたのか」
あざけるような彼の言葉に、ゆっくりと首を振る。それから、彼の方に背中を向けると、ナタリアは羞恥に耐えながら次の言葉を発した。
「いいえ……その、コルセットは、どうしても一人では外せなくて。殿下、お願いできますでしょうか……」
ぎり、と歯ぎしりのような音が聞こえた。怒らせてしまったのだろうか、とナタリアの身がすくむ。
けれど、それ以上言葉を発することなく、カーティスは立ち上がるとナタリアの背後に立ち、そっとコルセットの紐を外し始めた。
「くそ……」
小さな悪態が背後で聞こえる。しかし、存外スムーズな手つきで、カーティスはコルセットを外し終えるとそれを放り投げた。
ナタリアの身に残されているのは、上質な絹でできたシュミーズとドロワーズだけだ。
その姿が見えているのかいないのか――。
カーティスが、突然乱暴にナタリアの腕を引いた。その息は荒く、暗闇の中でさえ紫色の双眸はやけに光って見える。
寝台の上に引き倒されて、上からカーティスが覆いかぶさってきた。その後は、まるで嵐のようにことがすすんだ。
熱い手が全身を這い、快感を引きずり出される。迷いのない手つきは、彼がこういったことに慣れていることを如実に物語っていた。
「くそ、こんな……こんな……」
そんな、小さなつぶやきと、彼の額から滴り落ちる汗。小さな水音と、与えられる快楽――そして痛み。
訳も分からず声をあげるナタリアの上で、カーティスが一心不乱に腰を振る。
どれくらいの時間がたったのかはわからない。一糸まとわぬ姿のナタリアに対し、カーティスは未だ着衣のまま、フードも被ったままの姿だ。
「こんな、ばかなこと……」
薄れゆく意識の中で、カーティスのそんな呟きが聞こえたような気がする。苦し気なその声に、思わずナタリアの手が彼の頭に伸びた。
さら、と艶やかな感触が手のひらに触れる。その時、手が引っかかったのかフードがぱさりと脱げた。その奥に見えたのは、獣のような耳――だった、ような気がする。
だが、それを確認するよりも先に、ナタリアの意識は遠くなり、闇に沈んでいった。
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