魔竜の鍛冶師 ~封印されていた溶鉱の魔竜と契約したら鍛冶師でありながら世界最強になってしまったけど、実はあんまり戦いたくない~

紙風船

転職鍛冶師編

第1話 転職したいと思ってたら転移した

 カン、カン、と甲高い音が聞こえる。


 集中していた意識が現実に引き戻され、苛立ちを感じながらも目の前のモニターに改めて焦点を合わせるが苛立ちの方が勝ってしまい、諦めた。


「騒がしいな……」

「えっ、何がです?」


 僕の反対側のデスクで仕事をしていた後輩の水谷が反応し、モニターから顔半分を覗かせて尋ねてきた。

 僕は嘆息し、親指で自分の背後にあるブラインドに覆われた窓を指差した。


「外の工事だよ。カンカン鳴らすから集中切れちゃったわ」

「工事なんてしてましたっけ……あぁ、でももう良い時間すね」


 水谷の言葉に釣られてモニターの端っこの時計を見ると16時45分と表示されていた。

 定時まであと15分。確かに良い時間だ。周りはそろそろ終わる就業時間に合わせて片付けを始める者や、もうすでに仕事が終わった顔で談笑する姿が見えた。まったく、ホワイトな職場である。


「三千院先輩も行くんですよね」

「何に?」

「何って、昼飯ん時に課長が言ってた飲み会すよ」


 そう言われて自分の記憶を探る。社食を箸で突いていた時、確か正面に座ってた課長が『侘助、今日呑みに行くぞ~』とか言っていたような気がする……いや、もしかしたら気の所為かもしれない。


「えー、そんな話してたっけ。てか行かんし。先週も行ったべ……」

「あーはいって返事してましたよ。上の空っぽかったけれど」

「ぽいっつーか、上の空だったわ。ほら、例のニュース見てたから」

「あぁ……例の連続神隠し事件でしたっけ」


 食堂の壁際に置かれた気を紛らわす程度の役目でしかなかったテレビも最近は熱心に見るようになっていた。


 『連続神隠し事件』。


 それは場所や時間を問わず、急に人が居なくなるというここ数年、ずっと話題になっている事件だ。

 全国で多発するそれに共通点はなく、一切の手掛かりもないままに人が消えていた。

 警察もお手上げ状態で報道することもないからか、マスコミは神隠しだとか言って盛り上げていた。


「おちおち飲み会なんてやってられんよ」

「でも場所も時間も関係ないって話じゃないですか。飲み会に行っても行かなくても関係ないんじゃないですか?」

「なら行かん方がまだ良いだろ。精神的にも身体的にも」

「それもそうすねぇ」

「ガチで転職したい」

「俺もっす……一緒にどっか行きません?」

「やだよ一緒は……」


 なんて話している間に時刻は50分を過ぎていた。そろそろ課長がアップを始める頃合いだ。僕もさっさと帰る準備をして終業と同時に飛び出す姿勢をとらないといけない。

 まずは散らかった書類を手早く片付けて……と、書類の下から1冊のファイルが出てきてハッとした。


「やべぇ、資料室からファイル持ってきてんの忘れてた」

「さっさと片付けないと捕まっちゃいますよ」

「くそ~、走るかぁ」


 嘆息し、ファイルを手に職場のドアから飛び出した僕は廊下を駆け足。運動不足気味の体に鞭を打ち、まっすぐ資料室へと走る。

 まだ鍵は閉められてないようで無事に捻ったドアノブはガチャリと音を立てて僕を通してくれた。


 薄暗い資料室には誰も居ない。そりゃそうだ。こんな終わり間際に駆け込んでくるのは僕くらいだ。

 薄気味悪い場所からさっさと去りたい一心でファイルを抜いた棚へと進む。


 その途中、またあのカン、カンという甲高い音が聞こえてきた。


 やっぱり工事してるじゃないか……。


「う……なんだ……?」


 音が頭の中で反響するように響く。やがてそれは酷い頭痛となり、立ってられない程の痛みとなった。

 割れんばかりにズキンズキンと痛む頭を抑えながらも何とか立とうする。こんな場所で気絶なんてしたら誰にも見つけてもらえない。

 せめて外で……そう思って生まれたての小鹿のように震える足に力を入れようとしたその時だった。


「わ、え……?」


 無機質なタイル床の上に、妙なものがぶわりと広がった。


 それは金色に輝く魔法陣だった。


 ゲームとかアニメとか、ライトノベルとかでしか見ない演出が現実に行われていることに頭が追い付かなかった。


 逃げ出したいのに足が動かない。考えたいのに頭が働かない。助けを呼びたいのに言葉が出てこなかった。


「だれ、か……!」


 絞りだした声は誰にも届かず、僕の視界は眩い光に埋め尽くされる。急速に意識が遠のいていくことに抗えないまま、僕は意識を失った。




 と思ったら誰かに叩き起こされた。

 弾かれるように飛び起きた僕の目に飛び込んできたのは豪奢な服を身に着けたクソ程ヒゲの長い爺さんだった。

 頭に冠なんか乗せちゃって、手には金ピカの杖も持たされて、まるで王様のコスプレ大会予選敗退者だ。


「はは……ウケる……」


 乾いた笑いしか出てこない。その王様(笑)の傍にはこれまた装飾過多な鎧を身に着けた騎士(笑)達が僕を興味津々な目で見ていた。


「いや、ウケてる場合じゃないですよ」

「は?」


 パッと見、外国人の集まりなのに聞き慣れた日本語が聞こえてくる。

 声がした方を見ると、僕と同じ黒髪アジア顔の男が豪奢な服を着せられていた。


「大丈夫ですか?」

「アンタが大丈夫か? そこの外国人達にいじめられてるならNOとはっきり言った方がいいぞ」

「私は大丈夫ですし、いじめられてないです。今回のはだいぶ失礼な奴だな……」


 大丈夫なようだしいじめられてないらしい。

 だがそれよりも気になる言葉があった。失礼な奴もそうだが『今回のは』の部分だ。


「どういうことだ。これは何かのドッキリとかじゃないのか?」

「いいや、違います。これは正真正銘、現実です」


 アジア顔は膝をつき、僕の両肩をガッシリと掴んで、目と目を合わせて僕へ言い聞かせた。


「いいですか、落ち着いてよく聞いてください」


 これから先、絶対に忘れられない文言を。


「残念ながら貴方は、異世界に転移しました」

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