ダキア捜索 戦闘

 カイン、リョウ、シェリアルは騎馬、ウルススたちは四つ足で岩砂漠を駆ける。

 シェリアルは砦を出るときにミザルから小型の弩を受け取っていた。

「まだ小さかった頃にサージャル大帝と殿下が砦の視察に来た時に置き忘れていっちまったんだ」

 もうダキアをひよっことは呼んでいない。


 とにかく広い原野だ。わらの山から一本の針を、大洋で一層の小舟を捜すようなものだ。 チャラワン、イディム、アステリオン、シャラ指揮下の純ミアキスのルプス捜索部隊は三頭一組のスリーマンセルで行動し、遠吠えで状況を報告しながら扇状に索敵範囲を広げていく。

 しばらくすると、先頭のグループが何かを見つけたらしく、チャラワンが遠吠えで知らせてきた。

「ここです、ここ。殿下のにおいです」

 遠吠えを聞きつけ集まってきた何頭かが地べたの狭い範囲で鼻先を突き合わせ情報を収集している。だが、そこは周囲一体と変り映えの無い、変哲の無い岩砂漠。見て取れる痕跡はない。

「移動したのかな」

「血の匂いはしません、殿下は生きていると思われます。ですが」

 この辺りには厄介な生物が徘徊しているとチャラワンがいう。

「ワームの類です。我々にとっては天敵といってもいい」

「天敵?」

 この辺りに生息するワームのなかには徘徊中に獲物を見つけると、まず体内に取り込んで仮死状態にする種類がいるのだという。

 節足動物に捕食する習性があるのは知っている。だが仮死状態にするというのがわからない。

「厄介なのは、その状態のワームと戦闘になった場合です。仮死状態にした仲間を我々に見せつけ、盾にするんです」

 流石にわかった。嫌でもわかってしまった。

「そうして大量の餌を確保するのです。要は囮漁、アユの友釣りです」

 知らずカイン竜騎士の表情が歪む。とんだ魔境だ。

 悪い予感は当たるもので、ほどなくして周囲に走らせた索敵部隊が近くにワームがいると騒ぎ出した。

「殿下の匂いも混じってます!」

 そう叫んで報告してきたイディムの足元が突如ぼこりと盛り上がりった。地面からのぞくのは、つるんとした装甲を思わせる赤胴色の頭部。様子を窺うように触角がせわしなくうごめき、50近い頭数の生き物に囲まれている状況を把握したのかやおら上体を天高く直立させた。

「!!」

 喉元にあたる部分が黄褐色の体液で満たされていて中が透けて見える。内部には胎児のように丸くなって眠るダキアの姿があった。

 最悪だ。殿下を生餌にしてやがる。

「糞が」

「リョウ、お前は姫の護衛を最優先に」

 そう命じて黒炎から飛び降り、カインは走り出した。

 なんだってんだよ本当に。言祝ぎどころかマジで呪われてるんじゃねぇのか??100年前に託宣を残したエンキに向かって怒鳴りたい気分だ。てめぇが残した神託のせいで俺たちが苦労する謂れはねぇぞこんちくしょうが。

 ミザルとアルコー、フェルカドが喉元めがけて爪を振る。が、それは空振りに終わった。否、空振りを余儀なくされた。ワームが切先に当たるように喉元ををかざしてきたのだ。このままの勢いで振り抜くとダキアまで切り裂いてしまう。

 ほら、やってみろというかのように地上に全身をさらけ出したワームが偵察部隊に、竜騎士に、体内に取り込んだダキアを見せつけてきた。

 その傍らで純ミアキスの索敵部隊を長大な尾で薙ぎ、跳ね飛ばす。

「アステリオン、シャラは部隊を連れて退避!」足手まといになると判断したのかフェルカドが索敵部隊を退かせた。

 ウルススのミザル、アルコー、フェルカド、イルドゥン、ルプスのチャラワン、イディム、そして竜騎士カインがなんとかしてワームの腹からダキアを引きずり出そうと苦戦している。

「殿下を食わせるもんかよ」皮膜に嚙みつこうとしたルプスのイディムがウルススのアルコーに蹴り飛ばされた。

「齧るなバカ!消化液が口にはいって死ぬぞ!!」

 計算しているかどうかは分からないが皮膜に食らいつかせ、破けた所から消化液を飲ませるのもワームの想定の範囲内だ。

「こんの虫けら風情が」

「俺たちの爪じゃ長すぎて殿下までひっかけちまう!」


 ワーム、砦のウルスス部隊からやや離れた位置にいる馬上の姫は、弩の弦を張り、金鈴に乗ったリョウに向かって叫んだ。

「ありったけの治癒のマナを出してください!早く!」

 気色ばんだ姫の表情に気押されたリョウがありったけの治癒のマナを取り出す。自らの金褐色の髪をひと房斬り落とすと鏃にマナをくくりつけ、矢を放った。


 ばしゃ、と砂漠に似つかわしくない水音が響いた。ワームの皮膜に穴が開いていて、そしてダキアの腕に治癒のマナが括りつけられた矢が刺さっていた。

 何が起きた。なんで殿下が攻撃された?どうして矢が刺さってる?

「私が殿下を、皆を守ります!!」

 続けて二の矢三の矢を放って更に姫が叫ぶ。

「だからそのワームを倒して!!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 その言葉にミザル、アルコーがフェルカドがイルドゥンが思い切りワームの腹を引き裂く。

「ちゃんと拾えよカイン!!」

 言いようのない熱い刺さるような刺激臭を放つ液体がじょばじょばと溢れ出してきた。

「いてててててててて!!!」

「沁みるっす!!!!」

 消化液を被るウルススたちの背中に治癒のマナの矢が刺さっていく。じゅわじゅわと被毛が皮膚が焼かれ爛れるそばから治癒のマナの効力で皮膚が被毛が再生してゆく。妙な光景だった。

 そんな中、カインが派手に消化液を浴びながらワームの腹からダキアを引きずり出すことに成功した。

「やったぞぉおお!!」

「よくやった!あとは任せろぉお!!」

 ウルススたちが自慢の爪でワームを中から引き裂いていく。

 ダキアは被毛がずるずるに溶けかけているが生きていた。



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