# 4 異常事態 ⑦

「やったのか?」


 しばらくの間、産まれ落ちた何かの動向を伺っているとラウルが現れた。戻って来たということは拠点への襲撃も収まったと見ていいのだろう。


「そっちは?」


 そうは思いつつラウルに問う。


「触手の動きが止まったから、向こうはクリスに任せて、ここに来たんだ」

「こっちはあれを切ったら、中から得たいの知れないものが出てきたところよ」

「ああ見えても生きてると思うから近付かない方がいいよ」

「僕は魔法使いだ。言われなくても近寄らない」


 近付かなくても攻撃可能だと言わんばかりに手に持った錫杖ロッドを宙に向ける。月明かりを反射する赤い魔石が鮮やかに輝く。


「ローグ・ライト・ウィスプ」


 ラウルの思いがけない行動に目を見張ってしまうが愚行だった。錫杖ロッドに付けられた魔石によって増幅された魔力から、一筋の光が放たれ、その眩しさに目が潰れたかと。


 ラウルの放った魔法は周囲一帯を照らす光の精霊魔法。おかげで、産まれ落ちた魔物の全貌が露になる。


「不完全ね……」

「あれは……オークなのか」


 目のチカチカが収まり始めたので、ようやっとおれはその全貌を認識する。


 透明な粘液に包まれた魔物の容姿はラウルの言葉通りオークのようだが、言葉尻が疑問形だったのはオークにしては細身過ぎるし、腕はどうなっているんだ。地面を這っていたものより二回り細い触手がいくつも絡み合うことで、両腕を形成しているように見える。というか形成していると言っていい。


 微かに鼓動があるのか。身体がゆっくりと上下しているため、生きてはいるはず。不完全な状態で産まれたせいで死にかけとも考えられる。


「ショウヒ、まりょくがつよくなってる」

「何事もなく終わるわけないよな」


 最初に動き出したのは腕だった。

 無数の触手が絡み合って形成された腕、その触手の一つがピクピクと動き出した。


 周囲が明るくなったことで魔物の動向がはっきりと分かる今、腕の触手が動き出したことは、この場にいる全員の目に映っている。


 動き出したことに触れるより早く、レジーナが飛び出した。拠点が襲撃された時よりも早い初速だった。止めるとか、そういうレベルの話じゃない。気付いた時には既にレジーナのサーベルは振り下ろされていた。


 そしておれもラウルも、レジーナの行動が生んだ結果に対して唖然としてしまう。


 あんな死に体の魔物が恩恵者レジーナのサーベルを止められるか、普通。しかし、実際に止めてしまっている。それも触手が絡み合って形成された腕によって防がれている。


「先手必勝だと思ったんだけど」

「おまえは馬鹿か、レジーナ!考えなしにも程があるぞ!」

「考えての先手必勝よ」

「それが考えなしって言ってんだ」


 流石に今言い争うのは違うだろ。


「二人とも落ち着いて。争ってる場合じゃないから」


 二人が言い争っている間に魔物は立ち上がってしまいました。


「メリィ、頼む」

「まかせて」


 その一言で、おれがどれだけ安心するのか、メリィには決して分からないだろう。


 にしても魔物と言うより、化物だ。怪物クリーチャーとでも表すべきか。

 仁王立ちする魔物は細身と思ったいたのが嘘のように大きく見える。力なく垂れ下がる両腕は肩の付け根部分から無数の触手が絡み合って形成され、手に当たる部分は三本の触手が太い指みたいになっている。


 体色はオークのような薄い褐色。顔も目鼻立ちはオークそのものだが、口もと部分がおかしい。ぐちゃぐちゃだ。人工物のようなものが口元に混ざってしまっているみたいだ。鈍色の突起物が頬から突き出ている。


「私も一緒に戦う」

「僕もだ」


 メリィの隣に立ったレジーナ、その少し後ろにラウルが錫杖ロッドを構える。自分の力量は弁えてるし、見るからにおれが敵う相手じゃないことも明白だ。分不相応なことは言わず、三人に任せてしまっても悪くはないはず。


 メリィはいつも通りの構え方だ。

 両手持ちした大太刀の切っ先を右斜め下に向け、腰を落とす。


 そんなメリィを見て、レジーナもサーベルを構え始めた。


 力なく仁王立ちする元凶オークの瞳は未だ開いていない。先手必勝を謳うなら、今が攻めるチャンスだ。しかし、さっきとは違い、元凶オークは立ち上がっている。


「ローグ・バーンズ・レディット」


 均衡を破る開戦の狼煙はラウルの詠唱だった。

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