# 2 背負った罪 ①
トーマス・エイドの身体は大きかった。
それでも一時間足らずでメリィは食べてしまった。肉も骨も内蔵も、
あの場に残ったのはトーマス・エイドが着ていた衣類と血溜まりだけだった。
血溜まりに立っていたメリィは血で汚れないようを服を脱いでいる。口元から下を真っ赤に染め、血溜まりの上に佇むメリィは異常なほど美しく見える。
それと同時にメリィが人間ではないのだと、再認識させられる。
食事を終え、後片付けに入った。
まず、水魔法で全身血だらけのメリィを洗う。食事の際に血だらけになるメリィを洗うために、おれは水魔法を修得したと言っていい。
一通り綺麗になったらメリィには服を着てもらい、その間に床の血溜まりや壁に飛んだ血跡を水魔法で流す。
トーマス・エイドの服は燃やし、燃えない所持品は一目に付かないところに捨てる。
目撃者もいなければ、いなくなったトーマス・エイドを探すような人もいない。賞金首であったトーマス・エイドが失踪したところで、ハンターズギルドやドリスの衛兵が調査するわけもない。
ただトーマス・エイドがいなくなったということで、事は幕を閉じる。
メリィの食事を済ませた翌朝。
人間を殺した日に深く眠れた覚えがない。浅い眠りを何度も繰り返し、目を覚ます時間も遅くなる。
目覚めの悪さに内心で安堵を覚えながら、目を開いた。そしてその安堵が驚きに変わった。
目を覚ました眼前にメリィの顔があった。
ベッドで寝ていたおれの上にメリィが覆い被さっている。
色々な意味で心臓に悪い。
メリィの寄行は今に始まったことではないので、慣れるしかないのだろうが。
「なに、してるの……?」
起きたにも関わらず、眼前のメリィは真顔のまま見つめ続けるので訊いてしまった。
「起こそうとおもって。起きるのおそいから」
「ああ……そうか……」
窓から入る日の光は早朝とは思えないほど、明るいものだった。
フォレストウルフの討伐依頼は多くのハンターが受注している。ドリスから生息域の森林へ向かう道は一つしかないため、同じ依頼を受注する同業者も利用することになる。
よって、二人組、しかも魔物と戦うような装備じゃないおれたちは同業者の目を引いてしまう。
だから、朝早い時間に街を出ようとおれが昨日言ったのだ。そしてメリィはそのことを覚えていた。
なぜ覆い被さる必要があったのかは謎だが、起こそうとしてくれた理由は分かった。
確認した時計では昼前だった。
ちょうどハンターたちが街を出払う時間帯でもある。過ぎてしまった時間はどうしようもないので、今日は昼過ぎに森へ向かうことにする。日が沈む前には森を出るので、昨日よりフォレストウルフの討伐に割ける時間は短くなる。運が悪ければ、フォレストウルフに出会いえないかもしれない。
それはもうしょうがない。寝過ぎたおれが悪い。
「ショウヒ」
久しぶりにメリィから、名前を呼ばれたような気がする。
「どうした?」
「ケーキたべたい」
「ケーキ?」
「うん。まえ来たときたべたの」
「あぁ……」
そう言えば一月前に訪れた時、メリィに食べてみたいと言われ買ってあげた。
ご飯を食べる際、メリィは好き嫌いをしない。基本、人間が食べられるものなら何でも食べる。
「ケーキ、好きなの?」
「……わからない。でも、たべたい」
「そう……いいよ、買いに行こう」
好きなご飯を訊いても「無い」と答えるメリィが、自分から食べたいと口にした。一年間、一緒に暮らしてきて初めてのことだった。
買いに行くと決まれば準備は早かった。
外行きの服装に着替え、早々に宿を後にした。
昼前ということもあり、商業都市ドリスには多くの馬車が出入りを繰り返していた。通りを往来する馬車には、それぞれ商会の紋様が施され、行商人たちの集まった市場が、そこかしこで開かれている。
行商人が売るのは日持ちする香辛料や見たことのない陶磁器、服や布といったものだ。珍しくて風変わりなものが多いのは、行商人の多くが様々な場所に訪れている証拠だ。
そんな珍奇なものが数多く売られる行商市場は見るだけでも案外楽しめる。
昨夜、メリィは食事を済ませた。
しばらくの間は人間を見ても捕食衝動に駆られる心配はない。それでも、フードは被ったままだが、街並みを観察するように視線をあちこちに向けている。
前に訪れたケーキ屋の場所を思い出しながら、人々の活気を掻き分けて歩くこと十数分。店舗を構えた飲食や物販の店が連なる通りに入った。
行商人が市場を開くのはドリスの
対して今いる場所はドリスで生まれ育った人たちが通りを行き交う。比較すれば圧倒的に閑静と言える。
そんな場所にケーキ屋がある。
ドリスの住人がお祝い事で年に何回か買いに来るような、地元の店と言った感じだ。
ケーキ屋なので多くの客で繁盛しているわけでもなく、店の中ではガラフ張りのショーケースに並ぶケーキを指差す子供が老夫婦に声を飛ばしている。
ハンターの生活とはかけ離れた、日常の営みが小さな店舗内には広がっていた。
「そんながっつくなよ……」
店に入った途端、ショーケースに両手を着け、多様なケーキを眺めるメリィをショーケースから引き離す。
老夫婦や店員から見られ、何故だかおれが恥ずかしい思いをする。
「決まった?」
ケーキにしては多様な種類があるだけで、何十種類とあるわけじゃない。前に食べていたのは無難なショートケーキだった。
「まだ……」
かなり迷っている。酷く険しいメリィの表情はケーキを眺めるそれではない。店員も苦笑いを浮かべている。
「彼女さんの誕生日ですか?」
そんな柔らかな声音で店員の女性が声を掛けてきた。「彼女さん」といワードに引っ掛かるものを感じるけど、メリィとの関係をおれは上手く説明出来ない。
「そんな感じです」
「前にいらしていたのを覚えてますよ。若い子がいらっしゃるのは珍しいですからね」
一月前に来た
「ここのケーキが美味しかったようで、彼女がまた食べたいと言い出しまして」
「あら、嬉しいわ。ゆっくり見ていってね」
そう言うと女性店員は老夫婦と
結局、メリィは散々迷った末、以前食べたのと同じショートケーキを選んだ。唯一前回と違ったのは一つではなく、二つ食べたいと要求してきたことだった。
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