第22話 森の王って美味しいんだろうか

 私たちは街の中に入り、街長まちおさの居場所に向かった。

 人に尋ねなくてもすぐ分かったのは、ザムザさんが覚えていたからだ。


「15年前の討伐にも参加してたって、ザムザさんって何歳なんです?」


 ふと疑問に思って尋ねたら、半眼のザムザさんに睨まれる。


「おい嬢ちゃん、男に歳を聞くなって習わなかったのか?」

「女性に歳を聞くなとは習いましたけど」

「おまえさんよりかは歳下だ」

「190歳くらいって事もあるって意味ですか?」

「可能性だけならな」


 それ以上尋ねてもまともなやりとりはできなさそうだったから、諦める。むぅ。

 道中分かったことは、この街は少し標高高めでカルビン村やゲルツよりは寒いこと。酪農と、北の湖で漁をすることで生計を立てている人が主だってことだった。


「酪農! つまり牛がいるんですね!」


 私が目を輝かせていると、フランカさんに苦笑された。


「ここで作ったバターとかが近郊の大きな街とかに運ばれているのよ。ターチィで買ったバターもここで作られた物だと思うわ」

「だけど、肉牛じゃなくて乳牛だからな」

「ザムザさん……このお仕事がうまくいったら、最近解体した牛はないかとか訊いてみてください。訊くだけでもいいです……」


 私があんまりしつこく頼むので、ザムザさんは「訊くだけな」と頷いてくれた。


 街の中だけども、森の王は街の中に侵入して暴れた形跡があって、家が壊されてたり、街の人に聞いた話だと牛舎が襲われて冬に備えて蓄えてあった干し草が食べられちゃったりもしたらしい。

 牛のピンチ! なんてこった。


「街長の家はもうひとつ向こうの通りの、でかい家だ。だが……」

《エルフの子! 助けて、あいつが来るよ! 呪いを返しに森の王が来るよ!》


 私の頬を撫でた冷たい風と一緒に、酷く切迫した風の精霊シルフィードの声が聞こえる。


「ザムザさん! 森の王がくる!! 風の精霊が教えてくれました!」

「なんだって!? くそっ、こんな街中じゃ戦えねえ!」

「風の精霊、お願い、森の王を人のいないところに誘導して。街の入り口の方でいいから!」

《わかったよ。どうかお願い、みんなを解放してあげて》


 風がさあっと吹いて、私の金色の髪を揺らす。風の精霊が森の王を誘導してくれると信じて、私もそちらに急がなければ。


「みなさん、風の精霊に森の王を街の入り口の方に誘導してくれる様に頼みました! 急いでそちらへ向かいましょう。街の外で戦わないと」


 冒険者たちは、いつもと違う船に乗ったおかげで私と精霊の力を実感してる。すぐにみんなが頷いて、10人で来た道を駆け戻った。


 走っている途中から、ズシンズシンという重い足音が聞こえ出す。え、何この音。ヘラジカの立てていい音じゃないよね!


「あれが、森の王だ」


 驚いていないのはザムザさんとフランカさんだけで。

 私を含めて8人の冒険者は声もなくして、「それ」を見上げていた。


 常識外れにでかいエルク――ザムザさんはそう言ったけど、思いっきり足を踏んでやりたい気分だよ。

 確かに常識外れにでかいけど、もう少しましな比喩ができたでしょう!


 まさか、2が存在するなんて、普通想像もしない!

 しかも、周囲に漂うのは負の感情に乗っ取られて闇に落ちた精霊たち。


 この森の王、ちゃんと倒してまずはとりついてる精霊たちを解放しなければ。


「……でっかすぎですよ。常識外れにも程があります。つまり」


 私は一緒に戦う人たちの士気を高めようと、大声で言い放った。


「すっごい食べ甲斐ありそうですね!! よし、やるか! 今夜は肉パーリィ!!」

「待ておまえ、さっき呪われてるとかなんとか言ってなかったか!? 呪われてる獲物を食う神経が信じられねえ!」

「何言ってるんですか、ザムザさん! 呪われてようがなんだろうが、死んだらただの肉! 美味しくいただいてこそ森の王も報われようというものですよ」


 私に向けられた冒険者たちの目が、森の王に向けていたときの恐怖の色から、呆れの色に変わっていた。うん、それで良し! 


「アレを食おうってのか……酔狂だ」

「おかしなエルフだと思っていたが、馬鹿でかい森の王より余程ルルちゃんの方がイカレてるぜ! 俺たちもやるか!」


 冒険者たちの士気が上がった。私はしゃがんで地面に片手を突き、地の精霊ノームに全身全霊で呼びかける。


「地の精霊、お願い! あなたたちの友である私の魔力を代償に、落とし穴を掘って。大きさは――あのでっかい森の王が、身動き取れなくなるくらい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る