第7話 秘密結社アールヴァイス
立ち並ぶ白い柱を、魔導の灯りが煌々と照らす。
天井を遥か頭上に頂く広間は、どこか、神殿のような荘厳さを感じさせた。
その広間を、コツコツと足音を鳴らし歩く男が1人。
『
怪人との死闘を終え、倒れる寸前だったアリアの前に現れた男だ。
「ご苦労様。結界班は全員離脱したようよ」
そのヴァルハイトの前に現れる、全身を黒のロリータファッションに身を包んだ闇精霊の女性。
ヴァルハイトと同じ、秘密結社アールヴァイスの幹部の1人、『
紫のロングヘアをなびかせる彼女は、ヴァルハイトに怪しい笑みを向ける。
「貴様に労われる謂れはない。全ては、我らが閣下のため」
ヴァルハイトがアリアの前に姿を見せたのは、言葉通り挨拶をするためではない。
怪人と戦う者の戦闘能力を、著しく制限する『ドミネートフィールド』。
それを発生させる技術を持った、『結界班』と呼ばれるスタッフが、学園から脱出する時間を稼ぐための揺動だ。
「あら、連れないこと。でも、あまり方々に噛みついていると、余裕がないと思われるわよ?」
「貴様……今この場で、細切れにしてくれようか?」
ヴァルハイトが腰の剣に手をかける。対するアシュレイは、扇子で口元を隠し笑みを強める。
「そこまでにしろ。奥で首領閣下がお待ちだ」
広間に響く3つ目の声に、いがみ合う2人が目を向ける。
そこにいたのは、アリアより少し上くらいの女性。
その姿に、ヴァルハイトは不機嫌そうに舌を鳴らし、アシュレイは喜色を露わにした。
同じく幹部の1人、『
水色の髪を内巻きのボブに切り揃えた、異名の通り氷のような冷たい目の女性なのだが、その装いは、アリアのシャイニーティアに劣らず刺激的。
四肢と胴体を、水色に青の装飾の鎧で覆っているのだが、背中と肩は大胆に露出、胴体前面も胸元までで、鎧の上から割と豊かな谷間が伺える。
極め付けは下半身だ。
白地に水色のラインのミニスカートなのだが、その股下、脅威の1cm。
しかも、側面に行くほど裾がせり上がるタイプだ。
必然、歩くたびにチラチラと中身が見えるわけだが、そこにあるのはレオタードやアンダースコートではない。
白と青のボーダーの、ごく一般的な下着だ。
マントなども羽織っていないので、肌色成分はかなり多い。
ヴァルハイトが舌打ちをしたのは、どうしても視線を向けてしまう自分に対してだ。
イングリッドを先頭に、3人は広間の奥の大扉をくぐる。
その先にはあるのは、祭壇を備えた礼拝堂。
中に足を踏み入れた3人は、既に着席している老人に視線を向ける。
いやらしい笑みを浮かべ、だがイングリッドの姿には微塵も興味を示さないこの老人は、やはり幹部の1人、ドクター・ヘイゼル。
戦闘能力はないが、怪人やドミネートフィールドを生み出し、アールヴァイスの最終目的にも大きく関わる組織の要。
首領自ら、『有事の際は自分より優先して保護するように』と言明を下す、名実共に最重要人物だ。
その奥、祭壇を守るように立つのは、筋骨隆々の体に獅子の頭を乗せた怪人。
幹部の1人にして首領の懐刀、『
突然変異の怪人で、他の怪人を圧倒する身体能力に加え、怪人化しても完全に人格や理性を残している。
ヴァルハイト、アシュレイ、イングリッドが3人がかりでも歯が立たない、圧倒的な戦闘能力を持つ男だ。
そして、祭壇から5人を見下ろす神父服を纏った背の高い男。
逆光で顔はよく見えないが、歳は40代半ばくらい。
自然体で背筋を伸ばした姿勢から、こうやって人前立つのに慣れていることが見て取れる。
彼こそが、このアールヴァイスの指導者。
皆から、『首領』と呼ばれる人物だ。
「よく集まってくれたね。ジャンの姿が見えないようだが……」
「いえ、そちらに来ております」
ガウリーオが、左手の柱の影を指差し、ヘイゼル以外の3人がバッとそちらに注意を向ける。
「バレちゃった。やるね、ガウリーオ」
現れたのは、ワインレッドの髪の12~13歳程の中性的な少年。
かっちりとした白のコートを纏った彼は、悪戯っ気の強い笑みをガウリーオに向ける。
彼が最後の幹部、『正義』のジャンパールだ。
「戯れはやめろ、ジャンパール。閣下を煩わせるな」
「構わないよ、ガウリーオ。ジャン、よく来てくれたね」
「神父様に呼ばれたら、来ないわけにもいかないからねぇ~」
あからさまに気安い態度。だが、ガウリーオをはじめ咎める者はいない。
ジャンパールがその気になれば、ガウリーオを含めた、この部屋の全員を相手にできることを知っているからだ。
そしておそらく、ジャンパールが勝つことも。
「さあ、せっかく幹部が全員揃ったんだ。睨み合うのはおしまいにしよう」
硬質的な深みのある声。全員が自然と起立し、視線を首領に集める。
「先ずは、ヴァルハイト。ご苦労だったね。君のお陰で、結界班の皆は無事に帰ってこれたよ」
「勿体無いお言葉です」
ヴァルハイトが恭しく一礼する。
先ほどアシュレイから同じ内容を言われたことなど、綺麗さっぱり忘れているかのようだ。
「イングリッド。学園の『準備』は、どうなったかな?」
「順調です。ただ、学生中心で作業をしているため、少々粗が目立ちますが」
「それが若者の良さでもあるよ。粗探しと手直しは、いずれ中年のスタッフにお願いするとしよう」
「承知いたしました」
「アシュレイ。『城』は見つかったかい?」
「申し訳ありません。該当地域を絞り込んだのですが……現地に足を運んでも影も形もなく。今しばらく、お時間をいただくことになりそうです」
「気にしないでおくれ、アシュレイ。元々、困難なことがわかっていて、君に頼んだのだから。引き続き、探索をお願いするよ」
「かしこまりました」
「ドクター、『福音の鐘』は?」
「完成まであと4割、と言ったところじゃな。ただ、やはり不足している情報が多い。恐らくアシュレイの探索が鍵になる」
「なるほど。ではしばらくは、他の仕事を進めてもらっていいかな?」
「気は進みまんが、仕方ないかの。気分転換でもするとしよう」
「僕には何もないの?」
「ジャンは……必要な時にここにいてくれれば、それで構わないよ」
「それはそれで、つまんないんだけど……まいっか。あんまりゴネると、ガウリーオがうるさいし」
そう言って、手近な椅子に腰を下ろすジャンパール。
既に、この話には興味をなくしているようだ。
「では、話はここまでにしよう。忙しい中、集まってもらって悪かったね。また、元気な顔を見せておくれ」
「「「「「はっ」」」」」
「はーい」
その言葉を最後に、首領は祭壇奥の扉に消え、部屋の灯りが一斉に落ちた。
非常灯が微かに部屋を照らす中、幹部たちは1人、また1人と、部屋を去っていった。
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