要求使いのREクエスト

明知 宗助

プロローグ:いじめられたことが無いから言える言葉

「いじめられているなら無理に学校になんて行かなくて良い」


「手を出したら相手と同じレベルになってしまう」


 これらの言葉は『いじめ相談』の中でよく使用される。正しい回答だ。この文章をはじめて見たとき何て気に食わない言葉なんだと憤慨ふんがいしたのを覚えている。

 それが今になって自分を追いつめるなんて誰が予想しただろう。


「————っ」

 悪夢に飛び起きると、あたりは真っ暗だった。家出した日もこんな時間に目覚めた気がする。額の油汗をぬぐい。浜家恵太はあたりの茂みに視線をやった。獣はおろか虫の鳴き声すら聞こえないのは、この身体が噴き出る毒ガスのようなオーラが原因だ。


「また『すがりのやまい』にうなされたんですね」

 どこからともなく霧が集まってタマムシのティモシーが姿をあらわした。光沢こうたくのある緑色の身体には、頭からお尻にむかって2本の赤い線が伸びている。世にも珍しい人語を操る昆虫ではなく、モンスターに近い存在だ。恵太にとって唯一の友人でもある。

 すがりの病とは毒ガスのようなオーラの名前である。


「あの日は神崎たちを殴ってスッキリしたのにな」

 どうして今になって後悔しているんだろう。家出してから毎晩あの日のことを夢に見る。


「人に暴力をふるって病むなんて自然なことではありませんか。恵太さんは健全なんです」


「どこがさっ、僕はいじめられたからやり返しただけなのに。僕は悪くないのに、どうして今さら怖がってんのか。意味わからんよっ」

 むしゃくしゃして頭をかきむしる。夢の中で、恵太をいじめていた神崎と山川は復讐をくわだてており、クラスメイトは誰も味方になってくれそうにない冷たい目をしていた。


「本当は暴力を使いたくなかったからでしょう。昨日言っていたではありませんか」


「そうだけどっ。だったらなんで誰も僕の味方をしてくれんの」


わたくしはあなたの友ですよ」

 甲殻に包まれた翅を広げ、ティモシーが恵太の肩に乗る。


「————…………ごめん」


「かまいませんとも、友とはそういうものです」

 真夜中のジャングルに一時の静寂が流れた。


「ここに来てからずっと考えてたんだけど、いじめを自分で解決したいって思うことは悪いことやと思う?」


「思いません。むしろそういった気持ちをないがしろにすることにわたくしは強い懸念を持っています」


「でもみんなは出来ないことはするなって言うよ」


「問題を自力で解決したと思うのは人として当然のことです。その思いをないがしろにするから要求は不完全燃焼を引き起こし、このような『ダンジョン』が産まれるのです。きっと世間では人々がその報いを受けていることでしょう。恵太さんはまだ信じておられないようですが、」


「だってダンジョンって言うけどモンスターを一匹も見てないから」


「当然です。こんなにも濃密な『すがりの病』が充満していては『未燃焼の要求』たちは『怪物』となるまえに燃焼されてしまいます。わかりやすく言えば、モンスターになるまえの『要求』の段階で毒にやられてしまっているのです」


「…………ティモシーは毒でやられたりしない?」


わたくしはあたなの『はなわざ』によって顕出けんしゅつした存在ですからね。恵太さんが自死でも選ばない限り消滅することはありません」


 よかった。


「このジャングルも屋内にあるんだよね」


「ええ。答えずの大森林は人家にしかできません。太古の昔から『要求の怪物』は人家に巣食い、人はそれを退治してきたと聞きます」

 もうずっと引きこもっているせいか。この景色が屋内であるなんて、それこそ夢のように感じた。今は夜だからまだ良い。朝や昼になると部屋の四隅が見えないことが際立って、より本物のジャングルと遜色なくなるのだ。


「その長い呼び方って大事なの?」


「当然です。名は体をあらわすと言うように、モンスターやダンジョンという当て字はその本質を忘れさる。それすなわち、目隠しをして怪物と戦うようなもの」


「その本質って何なの?」


「今は話せません」


「もったいぶらなくても良いやん」

 首をすくめて肩口かたぐちに視線をやると、そのギザギザした手が〈待て〉という合図を送っていた。


「どうやら『おこりの焔』に属する要求の怪物『ムカツクンデ』のお出ましのようです」


「うそ」


「本当です。恵太さんの『すがりの病』が弱まったことが原因でしょう。我々にとっては良い兆しですが、このままではもうひと眠りすることも叶いません。倒しましょう恵太さん」

 実際のところモンスター要求の怪物と戦うのは初めてではない。しかし、怖くないわけがない。

 ムカツクンデは夜のとばりから真紅の大顎が顔を覗かせる。全長はおおよそ電車1両分、胴回りは三つ折りの布団1枚分もあった。

 恵太はすんでのところでムカデの噛みつき攻撃を地面に転がってよける。


「避けてはいけませんっ。ムカツクンデの突進は受け止めなければならないのです」


「あんなの喰らったらひとたまりもないよ。野良ヤラナイトの時みたいに戦えば良いんじゃないのっ」


「言ったはずです。名は体をあらわすとっ」

 再びムカツクンデの突進を避ける。心なしかその真紅の身体はメラメラと燃えあがるようなオーラをまといはじめていた。


「ムカツクンデの構成する要求のほとんどは『憤り』です。避ければ避けるほど、逃げれば逃げるほど要力シグナルが増長してしまうのですっ」

 突然 身体がちゅうに舞って、気づいたら地面に転がっていた。真紅の大顎にお腹が挟まれ、恵太は夢中で拳を叩きつける。しかし徐々に身体の力は失われていった。

 朦朧もうろうとする意識の中、恵太の視界に『文章』が浮かびあがる。





> 人の見えざるごう『自動反撃〈怒〉』が行動阻害の要求を形骸化した。


 毒ガスのようなオーラ(=要力シグナル)が爆発して『真紅の炎』に身体が包まれた。力がみなぎり、抑えが効かなくなる。


「恵太さんっ。どうにか『おこり状態』をコントロールしようと気張ってください。それがあなたの病を祓う一歩となるはずですっ」

 ティモシーの叫びは、ムカデの顔をめった打ちにする恵太に届いていた。しかし、ようやく手が止まった頃には、ムカツクンデは霧となって恵太の肌に馴染みもうとしていた。


「はあはあ…………さっきの「病を祓う」ってどういう意味?」

 ティモシーに攻撃するまえに暴走が止まってホッとした半面、恵太は耳に残っていた言葉が気になった。


「現代風にわかりやすく言うなら、答えずの大森林でモンスターを倒していれば精神が鍛えられメンヘラが治るということです」


「…………嘘くさ」


「ですが実際に恵太さんの『すがりの病』は落ち着きはじめていますよ」

 身体の包んでいた炎のような要力シグナルはなりを潜め、毒ガスのような要力シグナルが再び身体にまとわりついていた。言われてみれば、紫色が少し淡くなったように感じる。


「まあその辺はおいおい話していきましょう。今は身体を休め、次の怪物に備えるべきです」


「まさか今みたいなのがまた出るってこと?」


「ええ、おそらく無尽蔵に顕出けんしゅつを繰り返すと思ったほうが良いです」

 親や学校への反抗から家出をしたつもりが、とんでもないことになってきた。今からで家に帰って親に謝ったほうが良いだろうか。落ち葉のベットのうえであれこれ考えているうち、恵太は眠りについてた。

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