第24話 祝

 玄関のカギをして靴を脱いでリビングに繋がるドアを開ける。


 「ただいまー!」


 「おかえり。手洗ってきなさい。もうご飯だから」


 母はキッチンで夜ご飯の準備をしている。


 「はーい」


 軽く返事をして洗面所に向かう。薄暗い洗面所を照らす電気を点けて、石鹸でしっかりと手を洗う。まあお墓参りに行ってきただけだ。石鹸はそこまで汚れを吸わなかった。手を洗い流して、近くに掛けてあるタオルで水気を拭き取る。電気を消して、洗面所のドアを開ける。リビングに父親がいないことに気が付く。


 「あれ、父さんは?」


 「二階。もうすぐご飯だから呼んできてくれない?」


 「はいよ」


 階段を上り父の部屋のドアの前まで行く。ドアの隙間からは光が漏れている。寝てはいないな。ドアを二回軽くノックする。


 「おお」


 入っていいのかダメなのかよく分からない返事だが、これは入っても大丈夫な返事寄りだ。ドアを開け部屋に入る。


 「ご飯だって」


 「分かった。ありがとな」


 父は床に座って釣り具の手入れをしていた。父の趣味は釣りだ。何回か着いて行ったことがある。高校生になってからは一度も行ってない。


 「釣り行くの?」

 

 父は手を止めて、こちらを見て答える。


 「ああ、来週な。葵も久しぶりに行くか?夏休みとか」


 「おーいいね!行く行く!」


 「夏は釣れるぞー!葵の使ってた竿出さないとな」


 「楽しみ。早く降りてきなよ。母さんまた怒るからさ」


 「分かった分かった」


 父の部屋を出ると、一階からいい匂いがしてくる。キッチンにいる母に話しかける。


 「今日なに?」


 「今日はーなんと魚です!」


 うずうずした表情で言う母さん。


 「おー魚かー。いい匂いだね」


 「魚と言ってもただの魚じゃないわよ?海で捕れた魚よ!」


 海で捕れた魚!?まじか!?通常一般人が気軽に買える魚は川で捕れたものだけだ。父さんと釣りに行くのも川だけだった。海は危険過ぎるからだ。そもそも海は地球の七割を占めている。隕石もそれ相応の量落ちる。そして海は人の生息域ではないのでダストが溜まりやすい。そのため海の魚を捕りに行くのは命がけ。あの値段も納得せざるを得ない。


 「え!?高くなかった?」


 「めっちゃ高かったわよ。でもお祝いだから!息子がクズハキになるなんてね~もしかしたらいつか漁に着いていけるかもね」


 危険な漁にはクズハキも何人か同行する。正直そこまで命がけで魚をわざわざ海に捕りに行く意味が分からない。川の魚で十分なのに。 


 「そんなにめでたい事じゃないけどね。で、何て魚買ってきたの?」


 母さんがパッケージを確認する。まあ聞きなれない名前の魚なんだろう。


 「鯛って魚ね」


 「あー何か図鑑で見たことあるような、ないような、聞いたことあるような、ないような」


 「ネットで調理方法調べても全然出てこなかったから経験と勘で調理したけど、結構うまくいったわ。さっ机に運んでくれる?」


 「はーい」


 皿や箸、料理などを運んでいると父が下りてきた。


 「魚?」


 「海の魚の鯛っていう奴だって」


 「こいつがー?すげー」


 父は鯛の乗っている皿を興味深そうに凝視した。海で釣りをする人もいるにはいるが、死亡するニュースも時々見る。基本的に海には近づかない方がいい。大抵の人が頭の中に入れている。常識と言っても何もおかしくないことだ。父さんも海で釣りしたいとか思ってるのかな。


 それから三人で鯛を食べた。美味しかった。だけど、こいつじゃないとダメというほどのものではなかった。久しぶりに帰って来たからと言って特別なことは別に話さない。普通にご飯を食べて、ぽつりぽつりと雨くらいの頻度で会話する食卓。いつも通りだ。


 ご飯を食べ終わったら一番風呂に入る。帰ってきて家のお風呂に入る度、アパートのお風呂の狭さをより強く認識する。母さんも風呂から出てきて、父さんが風呂に入る。


 「これでサインのいる書類全部?」


 「うん。多分これで全部。ありがとね」


 母が書類を机にトントンとしてまとめる。

 

 「いやー、葵がクズハキになるなんてなー立派になったね。感動するよ」


 少し照れて黙り込む。


 「まあイタズラ電話したって学校から連絡来た時は別の意味で泣きそうだったけど」


 「いやっ、あれは」


 「分かってるから大丈夫だってー!もちろんそれも聞いてるから」


 母が少し落ち着いた声で話す。


 「父さんはあんたのことめっちゃ心配してるからさ。定期的に顔見せてあげてね。学校から連絡あった日なんてさ、一睡も出来てなかったから」


 それを聞いて驚いた。夜ご飯を食べた後に寝る。夜も遅くまで電気を点けっぱなしで寝ている。暇があれば寝ている、あの父が眠りにつけなかったなんて。


 「本当!?いつも通りに見えたけど」


 「あんたを不安にさせないように頑張って隠してるだけでしょ」


 確かに今日は母さんが風呂から出たら、その後にすぐに風呂に入った。いつもなら寝てるのに。それに釣りの準備も早い。来週の予定なのにもう準備に取り掛かっている。いつもなら前日とかにしてるのに。めっちゃ動揺してるのか。


 「そっか。でも死ぬことはないと思うし、そんなに心配しなくても。この紙にも書いてあるからね。命のほしょー付きって」


 「そんな紙切れに書いてある文字完全に信用する訳ないでしょ?もちろん私も心配もしてるけど、葵の決めたことなら応援もする」


 普段明るい母がいつになく真剣なトーンで話す。昔から僕が決めたことは応援してくれた気がする。急に今通っている高校に転校したいと言った時も許してくれた。理由も聞かずに。いや、理由は知っていた方がいいと思ったけど。


 今回はほぼ強制二択だったけど、一応僕が自分の意思で決めたことだ。


 死ぬかもしれないという緊張感も持っているが、死ぬことはないとも思っている。二人の実の息子である朝陽が命懸けで庇ってくれたおかげで生き残った。そんな僕は、せめて死なずに平和に生きることが二人に出来る最大の罪滅ぼしなのかもしれない。


 息子が命を落としてまで救った命が、他人の命を救うために、自分の命を懸けるクズハキになろうとしている。それなのに応援してくれている。


 二人が寿命で死ぬまで僕は死ねないな。

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