第4話

「こ、子供達は?どうして華がここに」

「家にいる。両親に来てもらってるから」

華の両親。つまり義理の父母が自宅にいる。この話し合いが終わったら、彼らとも顔を合わせなければならないのだろう。

じわじわと汗が浮き出てきた。

どうしてこんなことになった?

「鈴木さん、どうぞお座りください。酒井さんがいらしてから始めたいと思います」

涼介が立ち尽くしていると、田村に着席を促された。しかし、足が動かない。ここで座ったらすべてが終わる気がする。

逃げたい

そう思ったとき、外からバタバタと足音が聞こえた。扉が勢いよく開く。

「鈴木係長!なんですかあの手紙、どういうことなんですか?!」

真っ青な顔の真理が、涼介に掴みかかってきた。真理の勢いに、涼介の体が大きく傾く。倒れる寸前で、なんとか踏みとどまる。

悲鳴のような声を上げる真理に、田村が声をかけた。

「酒井真理さんですね?弁護士の田村です。落ち着いて、お座りください」

田村が真理にも名刺を差し出す。受け取らない真理を見て、田村はテーブルに名刺を置いた。涼介は華の前、真理は田村の前に腰を掛ける。

「今日は事実の確認と、こちらの要望をお伝えするため伺いました。まず鈴木さんと酒井さん。お二方は不倫関係にあるということで間違いないでしょうか」

不倫、という言葉に、涼介の心臓は跳ね上がった。今まで考えもしなかった真理との関係に、明確な名称をつけられてしまった。あの甘くて幸せな日々は、そんな不躾な名称で呼ばれていいものだろうか。

涼介も真理も、言葉を出せない。

「こちらで調査をさせていただきました。まず、調査を始めたのが一ヶ月前です。就業後にお二人でホテルに入る姿が収めてあります。写真と日付の確認をお願い致します」

田村は手際よく応接室のテーブルに写真を並べていく。涼介の車の助手席に、真理が乗っている。その車がホテルの駐車場に入っていき、また、出ていく写真があった。日付と時刻も明示されていて、時系列に並べられている。

差し出された写真の中には日帰り旅行のときの写真もあった。あのときは海辺や車の中で、何度も何度もキスをした。その写真も、何枚も並べられた。

「こちらは旅行の際の写真です。この日はお二人で有給休暇を合わせて行かれたそうですね。日付は御社と確認が取れています」

華には仕事と偽って旅行に行っていた。その嘘が、今この場で暴かれている。涼介は膝の上で握っていた手を震わせた。

華はじっと写真を見つめている。華の目は、真っ黒に濁っていた。

「酒井さんにはお付き合いされているかたがいますね。念のためこの写真がその方ではないか確認をさせていただきました。全て自分ではないとおっしゃっておりました」

「は?翔ちゃんに、聞いたってこと?」

田村の言葉に、真理が反応した。

付き合っている人、翔ちゃんとは誰なのか。真理の恋人は、自分だけではなかったのだろうか。

「はい」

「ふざけんなよ!翔ちゃんは関係ねぇだろ!」

真理がテーブルを叩きつける。初めて見る真理の姿だった。田村は冷静に、眉一つ動かさなかった。

「有給休暇日にお会いしている方が鈴木さんだけではなかったので。鈴木さんとの密会日を確定させるだめです。それと、お住まいのご実家にも内容証明を送っておりますので、ご両親もご存知かと。ご承知おき下さい」

「なんで!?なんで家にまで送るのよ!なんでぇえ!」

暴れる真理を、涼介は必死に抑え込んだ。こんな激昂した姿は見たことがない。いったいこれは誰なのか。

田村は変わらずだが、華も真理の行動に一切反応を見せなかった。

涼介はなんとか真理をなだめて座らせる。異様な空気の中、田村が再び口を開いた。

「こちらの写真はお二人で間違いないですね。まず鈴木さんと酒井さんに対しては慰謝料を請求いたします。鈴木さんは今後の婚姻関係と養育費についても、話し合いをお願いします」

田村が書面を2通差し出した。一枚は真理、一枚は涼介だ。

慰謝料を、真理には300万、涼介には500万請求する旨が書かれていた。涼介は受け取る手に力が入らず、震えてしまう。

「こんなの、払えるわけないじゃない。お金ないし、こんなオッサンとちょっと遊んだだけで、こんな金額、」

「遊んだこと、認めるのね?」

華が口を開いた。怒りで震える真理を、華は下から睨みつけている。

「そうよ、遊びだよ、こんなオッサン。アタシは翔ちゃんて彼氏がいて、結婚の約束もしてるの。こんなオッサンに本気になるわけないじゃない。優しくしてくれたから、やらせてあげただけで」

「その遊びで、あなたは一つの家庭を壊したのよ。学生時代のご友人に話を聞いもらったんだけどね、あなた、人の男を取る常習犯だったらしいわね。何人かのご友人が、ついに既婚者にやったか、って笑ってたそうよ。涼介、今の話を聞いてどうなの?あなたも遊びだった?本気だった?」

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