第27話:戦い守る理由①

 マネッティアは自室のベットで横になりながら、同室の伊東閑に結梨の近況を報告していた。驚異的な速度で知識を学習して、模擬戦闘でも複数のスキルを使用したこと、更に戦闘スタイルもクローバーによく似ていたこと。


「結梨は一体何者なのかしら。突然現れた謎の少女の正体が未だ分からないのは困ったものね」

「そうね。そういえばマネッティアさん。ユグドラシル学院のセキュリティーが過去最高度まで引き上げられていることはご存じ?」

「いいえ」

「学院の外の野次馬さん達が結梨さんに興味津々だから警戒してるんでしょう」

「確かに特別な子だと思うけど、外部の人たちは何がそんなに気になるのかしら」

「特別ね。ここいるのも誰だって本来なら普通の女の子よ。でも特別になってしまっている」


 閑はティーン雑誌を読みながら話していく。


「その特別をよく思わない人もいるということよ」

「モンスターから人類を守る為に戦っているのに救われない話だわ」

「防衛軍も戦っていてくれている。だけど実際にモンスターと戦う力を持つのは魔導士だけよ。その魔導士の戦力を脅威に感じる人達もいる。モンスターが出現して半世紀。世界中から戦争がなくなったといわれているわ。人同士で戦い合っている場合じゃないものね」

「モンスターによる安定した世界。皮肉なものね」

「私時々思うのよ。もし私達がモンスターを全て倒してしまったら再び人間同士が争う世の中になるんじゃないかって。そしてその時に戦うのは誰なのかって」

「まず魔導士に白羽の矢が立つでしょうね」

「試されているのかもね。人類は魔力という力を見つけてしまった。その力をこの先どう使うのか」

「だとしても、私は変わらないわ。大切だと思う為に行動する。もし刃を向けるのがモンスターじゃなくて人間になっても、私は戦うでしょう」

「モンスターを倒した後の話なんてしてる場合じゃなかったわね。ごめんなさい。最前線で戦っている魔導士はみんなモンスターを敵だと思っている筈よね」


 話はそこで終わった。

 翌日、結梨の正式な魔導杖が配備され、その契約が行われた。配備された魔導杖は紫色のストライクイーグルだ。

 ルドベキアがお茶を飲みながら言う。


「フン。田舎メーカーじゃなくクレストでしたら社割でワンランク上のが手に入りますのに~」

「このストライクイーグルは中古じゃが、わしら工廠科が丹精込めて全ての部品を一から組み直しておる。新品よか扱いやすいぞい」

「あらそう」


 結梨は魔導杖に触れながら、マネッティアに問いかけた。


「魔導士ってなんで戦うの?」

「それは、何か守る為よ。守りたい人がいる、守りたい場所がある、守りたい物がある。魔導士はそれぞれの持つ大切なものを守る為に、そして取り戻す為に戦っていると私は思うわ。クローバーお姉様はどうですか?」

「私は……」


 クローバーには答えられなかった。

 安定した高水準の魔導士を育成するメソッドを確立する。

 モンスターを倒す為には大規模攻勢でネストを破壊するしかない。

 GE.HE.NA.と通じて情報共有を密にして技術を発展させる。

 それは全てクローバーが今やっている事だ。しかし何故それをしているかは真昼にはわからなかった。


 デストロイヤーを倒すため? 倒したら人類同士で争うかもしれないのに?

 守りたい人たちがいるから? 一番守りたい人は死んでいるのに?

 レギオンメンバー達のため? 確かにそれはそうだろう。

 他の衛士や民間人のため? まぁそれもそうだ。

 けどそれを胸を張って、命を張れるかと言われれば疑問が残った。

 クローバーが今戦っているのは……。


「成り行きかな」


 結梨が首を傾げた。


「成り行き?」

「うん、始めてしまった物語が、少しでも意味がある話になるように。これは私が始めた物語だから」

「よくわからない」

「私もわかってない。始めてしまった以上、終わらせなくちゃいけなくて、それが少しでも良い形で終われるように最善を尽くしている」

「むふーん、難しいんだね」

「誰だって怯えながら暮らしたくない。それだけよ」


 結梨はマネッティアの匂いを嗅ぐ。


「マネッティア悲しそう」

「そう? 表情が読めないとはよく言われるけど」

「何だ? 匂いで分かるのか?」

「みんなも悲しい匂いがする」


 愛花はお茶を飲みながら言う。


「誰だって何かを背負って戦っているわ。そういうものかもね。その人だけの譲れない何か。それは他人には分からないし、軽く見えてしまうかもしれないけど、本人にとってはそれがどんなものでも譲れないものもある」

「クローバーはあんまり匂わないのに」


 結梨はクローバーの魔力によって形成された。だから自分の匂いとかで認識してしまって分からないのかもしれない。それか匂いがしない程に心がないのかもしれない。


「あっ。でも今のマネッティアはクローバーがいるから喜んでる。クローバーがいないといつも寂しがってるのに」

「そ、そうかしら」

「マネッティアちゃんとはあまり時間取れなくて寂しい思いさせちゃってるね。姉妹誓約って何したら良いかわからなくて」

「気にしないでください。私はクローバーお姉様がいるだけで幸せです」


 結梨はぐっと拳を突き上げて言った。


「分かった! 結梨もモンスターと戦うよ!」

「うん、それが良いと思うよ。魔導士となったからにはいつかやらなくちゃいけないことだしね」

「リハビリを見てても実戦で通用する動きでした。もしかしたら私より強いかも」

「お、結梨はマネッティアより強いのかー。それは楽しみだ」


 愛花は足元からメイド服と巫女服を取り出して言った、全てふりふりがついており、可愛らしいものとなっていた。


「さて結梨さんのこともひと段落したところで次は葉風さんね」

「はっ?」

「これとこれ」

「ふえ?」

「この日のために用意したの」


 更にエミーリアが改造制服を、胡蝶が猫耳を取り出した。


「こんなのもあるぞい。ウヒヒ」

「猫耳は外せない!」

「ひっ」


 葉風は三人に押し込められ、着せ替え人形とさせられていた。それを眺めながら真昼は呟く。


「愛花さん達何してるのかな?」

「葉風さんを戦技競技会のコスプレ部門に出場させるって」

「葉風さんを? ちょっと地味じゃありません?」

「まだ何にも染まっていないのがいいそうです」

「そういうものですか」


 そして誕生したのは巫女メイド猫耳葉風だった。様々な属性が盛り込まれて渋滞を引き起こしているが、それはそれでなんか可愛い。本人が照れているのが可愛いかった。


「やりましたわ」

「やりきったのう」

「かわいい…」

「おー。かわいいな!」

「えっ…」


 騒がしくなるレギオンメンバーを見ながら、クローバーは遠くからそれを眺める。はちゃめちゃで、初代アールヴヘイムとは違うごちゃごちゃの感じがするが、楽しそうで尊いもののように思えた。

 みんな笑っている。

 たぶん、こんな光景が他の場所でも繰り広げられてあるのだろう。誰かが笑って、楽しく過ごしているのだろう。その一つを自分が見ているのだ。


「クローバー様?」

「うん?」

「いえ、涙が」

「え」


 クローバーは知らずに涙を流していた。

 今まで辛いことは沢山あった。苦しいことを強要してきたことがあった。全部自分が選択してきたことだった。それが最善だと思って、分からない未来に対して少しでも幸せな配分を増やす為に努力し続けてきた。


 その結果が、今目の前で表れている。

 もしクローバーが頑張らなければここにいない人がいたかもしれない。笑えない人がいたかもしれない。

 自分の積み重ねてきた努力は間違っていなかった。

 それを実感できた。


「マネッティアちゃん」

「はい」

「抱きしめて良い?」

「えっ、ええ? はい? どうぞ?」

「ありがとう」


 クローバーはマネッティアを優しく抱きしめた。

 今、この瞬間を見れるのはマネッティアがクローバーに憧れて頑張ってレギオンを作ってくれたおかげだったからだ。クローバーがマネッティアを助けたことが、マネッティアの心を動かして、クローバーに返してくれた。

 それが嬉しかった。

 報われたのが嬉しかった。


「ありがとう、マネッティアちゃん。私を諦めないでくれて。姉妹誓約になりたいと頑張ってくれて。今、私はとても嬉しい。貴方がいてくれて私は救われた」

「い、いえ。そんな。恐縮です」


 当然のクローバーの行動にマネッティアは戸惑いながらも、その背中を抱き返した。

 

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