ある歴戦魔導士は『戦域支配魔砲使い』と恐れられた
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一話:入学式①
クローバーは墓の前に立つ。
「お待たせして申し訳ありませんクフィアお姉様」
ゆっくりと、語り始める。
「お姉様が死んでから、およそ一年経ちました。
私はユグドラシル魔導学園二年生として進級し、他に大きな脱落者達もなく同級生も進級しています。
私達がいたレギオン、初代アールヴヘイムは解散してしまいましたが、中核メンバーの数人が有能な中等部の生徒を勧誘し二代目として活動し始めています」
クローバーは桃色の髪を撫でながら目を細める。
「みんなそれぞれの道を歩き始めました。
未だ、立ち止まっているのは私だけでしょう」
下を噛み締めながら、拳を握る。
「私はまだクフェアお姉様のことを忘れられません。髪をとかしていただいた感覚、優しく名前を呼ぶ声色、頭を撫でていただく喜び。まるで昨日のようです。
そしてモンスターによってクフィアお姉様が、私を庇って潰されてしまった光景も毎夜のことのように思い返します」
ふぅ、と息を吐く。
「私は世界唯一のラプラス使いとして、単騎戦力としてサポートをする日々を送っています。
私の固有魔法ラプラスは攻撃力、防御力、魔力、士気向上、敵の防御力を低下させるなどチーム戦で役立ちます。しかし私はまだお姉様以外の仲間を持つ事に抵抗があるのです」
泣きそうな顔で笑う。
「今日、新入生がこのユグドラシル魔導学園に入ってきます。生え抜きの魔導士が多い時代ですから、教えることは無いでしょうけど、それでも私は一人でも戦死する魔導士を無くしたい」
目を伏せる。
「お姉様の死を、無駄にはしたくありません。
私の体は誰かを救う為に生かされているのですから。
嫌われ者でも構いません。それで少しでも戦死者が減るなら。
寂しいですけど、覚悟はあります。
だからクフェアお姉様、見ていてください。
私は立派に生きて、そして死にます」
死力を尽くして任務にあたれ。
生きている限り最善を尽くせ。
決して犬死するな。
「この固有魔法ラプラスを持つ者だけが持つこの三つの言葉を胸に私はは生きていきますそれでは、クフェアお姉様、ごきげんよう。また明日」
クローバーは桃色の髪をなびかせながら背を向けた。
◆
クローバーはいつものモンスター殲滅任務だった。ユグドラシル魔導学園から出撃してしばらくすると、耳につけた魔道具から警報音が鳴り響いた。
コンタクト型の映像魔道具に映るレーダーを確認すると、モンスターのマーカーが大きな塊となって、クローバーの方に向かって来ている。どれほどの数がいるのかなど、想像も出来ない。
「今日は入学式なんだから、早く終わらせないと」
前回の出撃に比べ、モンスターを示す光点の塊は、ひと回りほど大きくなっていた。攻めても攻めても墜とせないユグドラシル魔導学園相手に、モンスターも業を煮やしているのか。
モンスターはとてもグロテスクな怪物だ。
「さて……と」
シューティングモードの魔導杖を持ち、敵の先陣、ミドル級モンスターの到着を待つ。
使用する魔導杖は第二世代ストライクイーグルだ。大剣と魔法触媒が合わさった可変式の武器である。
第一世代の魔導杖と違って敵の攻撃に耐える事は考えられていないので、基本的に攻撃は全て回避しなければならない。もっとも、第一世代とて敵の攻撃に身を晒してしまえば第二世代も同じ運命を辿る事になるが。
そんな事を考えているうちに、ミドル級はクローバーとの距離をどんどん縮めてくる。
クローバーはタイミングを見計らってミドル級の真っ只中に飛び込んだ。超低空でミドル級の装甲殻を掠めるようにして頭を飛び越すと、それと同時にミドル級の塊が急制動を掛け、クローバーに向かって旋回しようとする……が、いかんせん定円旋回能力のあまりにも低過ぎるミドル級は、咄嗟に振り返る事が出来ない。
そこを狙って、魔力ビームをミドル級の尻へと片っ端から見舞っていく。
死体の山が築かれる。
「36体目!」
旋回し終わったところをすぐに後ろに回りこむ事で、クローバーはミドル級唯一の攻撃手段、突撃戦術を繰り出す事を許さない。同じ場所でくるくる回り続けるミドル級を一方的に攻撃し、第二陣が到着するまでの間にどうにか殲滅を完了した。
同時に、ピッという新たなモンスターの接近を知らせる警告音が魔道具から鳴り響いた。
「第二陣」
第二陣──そこには敵戦力の主力を成すスモール級とミディアム級、そして何よりの脅威、ラージ級といった魔力レーザー持ちが含まれてくる。
クローバーの能力を知っている司令部はレーザー照射を防ぐための対魔力レーザー煙幕弾を最初の一撃だけ放つ。
『──ユグドラシル魔導学園司令部より20706、支援砲撃二十秒前』
敵の到着に合わせるように、司令部から砲撃の合図が入る。一瞬遅れて、超音速の魔力砲弾がモンスター群に向かって突き刺さろうとしたところを、ラージ級の魔力レーザー迎撃によって撃ち落された。
クローバーは対魔力レーザー煙幕の発生と同時に、ステップで敵が密集する中へと飛び出した。
勝負は十二秒。
ラージ級のレーザー再照射までのインターバル。ラージ級に対して一方的に攻撃出来るチャンスは今しかなく、そのためミドル級やスモール級は無視して、とにかくラージ級を狙う。
戦域情報にフィルタを掛け、ラージ級を絞り出し、集中攻撃を仕掛けていく。
八秒──ラージ級を示す光点は、おおよそ半分ほどにまで減少。
十二秒──ラージ級の殲滅完了。
「ふぅ、よし」
あとはこちらが狩る番だ。
クローバーは獰猛な笑みを浮かべて、魔力ビームを撃ち放った。
◆
ユグドラシル魔導学園。
ユグドラシル王国が始まり50年ほどになって設立されたお嬢様学校を母体にした軍需系魔導士を教育の世界的な名門魔導士学園。
魔導士とは人を殺す殺戮モンスターに対抗できる15から25までの女子のことだ。
各国が優秀な魔導士の育成と、市民の防衛に躍起になる中、2メートルほどの魔法導線決戦杖、通称・魔導杖を用いた対モンスター戦闘を基本に、軍事的な教育と訓練を非常にハイレベルな形で施し、目覚ましい成果を挙げている。
世界中から多くの精鋭が集まるほか、優秀な魔導士の引き抜きにもとても積極的なユグドラシル魔導学園である。
世界にモンスターをが現れて数十年、魔導士と呼ばれる固有魔法使いと魔導杖と呼ばれる決戦兵器が開発されてから、それを育成するための魔導学園は多く設立された。
ユグドラシル魔導学園もその一つだ。
今は入学シーズン。
幼稚舎から対モンスター戦闘を叩き込まれた者もいれば、適正を認められて今年から教育を受ける新人も存在する。
クローバーは新入生が学院で迷わないように案内役をしていると、魔導杖を携えた新入生に絡まれた。
「貴方が、クローバー様ですね!」
そう言って魔導杖を向けられたのだ。
魔導杖というのはモンスターという化け物に対抗する為に作られた決戦兵器で、簡単な人向けて良いものではない。
この新入生はこんな事を知らないのか、とクローバーは少し、頭に血が昇る。
「えーっと、貴方は?」
「ラークスパーですわ、以後お見知り置きを」
「ラークスパーちゃん、だね。それで何の用かな? 見ての通り新入生の案内で忙しいんだけど」
「そんな些事より、私と手合わせをお願いいたします!」
むむっ。カッチーン。
魔導士の貴重な新入生の案内を些事? それにお手合わせ? 非公式で? 怪我人が出たらどうするの。
「ラークスパーっ! あいつ! クローバーに喧嘩売っちゃったのか」
「どうします? ソラハ様」
「うーん、こうなれば一度、お灸を据えられた方が良いかな。よし! 見てよう!」
周囲の傍観の姿勢を見て、クローバーはため息をついてから、言う。
「私は戦う気は無いんだけど。それに非公式の戦闘は禁止されているし」
「なら、その気になってもらいます」
瞬間、ラークスパーの魔導杖に魔力が流れ込んだ。待機状態から戦闘状態へ移行し、アックス型の武器となる。白銀の刃がラークスパーの笑みを写す。
これは戦闘不可避だと判断したクローバーは、足元に置いてあるボックスから戦術機を取り出し、魔力を込める。
「ラークスパーちゃん、お仕置き、だよ」
「〜〜〜〜!! 堪りません! その殺気! ゾクゾクしちゃう! さぁ! 私と愛し合いましょう!」
そこで割り込む存在があった。
茶髪ロングの魔導士だ。
「はぁい、そこ、お待ちになって。私を差し置いて勝手なことなさらないで下さいます?」
ラークスパーは突然現れた乱入者に不愉快そうに言う。
「なに、貴方?」
少女はラークスパーを無視して、クローバーの方を向く。そして華麗に一礼する。
「私、ルドベキアと申します。クローバー様には私の姉妹誓約の相手になって頂きたいと存じております」
「しゃしゃり出てきてなんのつもり!? それとも、クローバー様の前座というわけ!?」
「上等、ですわ!」
ルドベキアも待機状態の魔導杖に魔力を通し、戦闘状態へ移行させ、ようとしたところで、黒髪のストレートの魔導士がそれを止めた。
いつの間にか人垣をかき分けルドベキアの側までやってきていたのだ。そしてルドベキアの手を掴み、魔導杖の起動を阻止した。
「駄目よ、ルドベキアさん。クローバー様も私闘は望まれてないわ」
「この私が、近づいてくるのを感知できなかった? 間合いに入られた!? というか、ちょっと私の格好いいところを邪魔なさらないで下さいませんか!?」
「邪魔なのは貴方達でしょう!?」
三人でわちゃわちゃと揉めている姿を見て、クローバーは言った。
「えっと、黒髪の子は下がって。ユグドラシル魔導学園の校則を理解していない新入生に指導するのも上級生の務めだから。貴方は、止めてくれてありがとう。お名前は?」
「マネッティアです」
「マネッティアちゃんか。今から使うのはユグドラシル魔導学園では基礎の体術だけど見ていて損はないよ」
「はい」
マネッティアは頷いて、下がる。それに反応するラークスパーとルドキベアだ。
「私、クローバー様の味方なのですけれど!?」
「もう! クローバー様! 私だけを見てください!」
「じゃ、やるね」
ゴキッと首を鳴らしてクローバーが動いた。
低い体勢で突撃して、ルドキベアの魔導杖を蹴り飛ばす。その間に魔力の籠った衝撃波で意識を刈り取り、続いてラークスパーへ迫る。
ラークスパーは魔導杖を突き出してくるが、手に集めた魔力のバリア、防御結界で弾き飛ばし、そのまま手首を捻り上げて戦術機を落とさせる。
そして背後に周り、組み伏せる。
周囲から歓声が上がる。
「すごい」
「さっすがクローバー。錯乱した魔導士用の鎮圧近接格闘術は極まってるね」
「魔導杖を持ちながら暴走した人を取り押さえようっていうのがおかしいです」
騒動を見ていたギャラリー達もすごい! と声を上げる。
クローバーの可愛らしい外見と反対に凛々しい体術は、新入生達の心を鷲掴みにした。
「流石です! 世界唯一のラプラス保持者で、どのレギオンにも所属せず、救いを求める者達を助け続ける救世主の魔導士! クローバーさん!!」
「あはは、そんな説明されちゃうと照れちゃうけど。うん、ラークスパーさんも力の差はわかったかな」
「はい。十分すぎるほどに」
「ユグドラシル魔導学園で私闘が禁じられているのは怪我や死傷する恐れがあるから。魔導士は軍人だけど学生だから、私たちは生きて卒業する義務がある。それが命をかけて今の時代を築いてくれた人達に対する恩返しなんだ。それを忘れないでね」
クローバーは手を話して、魔導杖をラークスパーに渡す。ルドベキアも鳩尾に拳を叩き込み、目覚めさせ魔導杖を渡す。
二人ともしょぼん、とした顔でそれを受け取った。
二人の顔は資料で見たことがあった。中等部時代から活動していたベテランの魔導杖で実力には自信があったのだろう。それがこうも一方的にあしらわれてはプライドもへし折れるというものだ。そして近くで見ていたラークスパーの保護者に声をかける。
「ソラハちゃん」
「うっ」
「資料で見たよ、られちゃんのとこの管轄でしょ? ちゃんと指導しなきゃ」
「いやー、クローバーに任せたほうが早いかなって」
「それで死ぬのは可愛い部下ちゃんかもしれないよ」
「反省します」
「それじゃあこのギャラリーも含めて講堂の方に誘導を」
ゴーン、ゴーン、ゴーン、と鐘が響き渡った。それはモンスターを来襲を告げるサインだ。すぐさま魔導杖に魔力を注入して戦闘体制を整える。そして魔導杖を戦闘状態にした三年生が鋭い声で現れた。
「何をなさっているのですか! 貴方達! 遊んでいる場合ではありません、先程、校内の生体研究所から研究用モンスターが脱走したと報告がありました。出動可能な皆様は駆除に協力して頂きます」
「はい! 場所はどこですか!?」
クローバーは三年生に詰め寄る。
「待ちなさい。クローバーさん。貴方の単独行動は禁じます」
「へ? 何故ですか?」
「このモンスターは周囲の環境に擬態するという情報があります。必ずペアで行動してください。そうね……」
視線がルドキベアに刺さる。
「貴方、クローバーさんと一緒に行きなさい」
「はい!」
「一年生に戦闘は危険です!」
「一年生でも、中等部から戦ってる彼女はベテランの魔導士です。貴方も知っているでしょう?」
「ですが、しかし」
「すみません」
そこで黒髪のストレートの魔導杖も手を上げた。
「私も、連れて行って頂けないでしょうか?」
「そうね、擬態を見抜くには人の目が必要だわ。連れて行きなさい。クローバーさんなら守れるでしょう」
「……わかりました」
問答する時間があるなら狩りに行ったほうが良いと判断したのかクローバーは引き下がった。
「えっと、マネッティアちゃんとルドベキアちゃん、行こうか。ついてきて」
「「はい!」」
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