第198話 マッツィアーノの秘密

 レッドスライムに案内され、俺たちは三階の執務室へとやってきた。執務室の椅子には悪魔が座っており、その隣には両手を黒いロープのようなもので縛られ、天井から吊り下げられたマリア先生の姿がある。


「お母さま!」「マリア先生!」

「う……ティティ……レイ君……」

「くくく。よく来たな、セレスティア」


 悪魔はニタリと邪悪な笑みを浮かべる。


「ダメ……二人とも、早く、逃げ……なさい」

「お母さま!」

「ティティ、ダメだ!」


 思わず駆け寄ろうとしたティティの手を引っ張り、自分のほうへと引き戻した。その直後、悪魔の放った黒い弾丸がティティの居た場所を撃ち抜く。


「ティティ、落ち着いて。気持ちは分かるけど、正面から行っちゃダメだ」

「レイ……そうね。ごめんなさい」


 ティティは申し訳なさそうに謝ってきた。一方の悪魔は聞こえるように舌打ちをしたが、すぐに邪悪な笑みを浮かべる。


「勘のいい奴だな。だが、そのままくらっていたほうが幸せだったかもしれないなぁ」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。まあ、どのみち死ぬことは同じだがな」

「……」


 一体、何をしようとしているんだ?


「さあ、爵位は返してもらうぞ。そのシグネットリングは俺のものだからな」

「……何を言っているんだ? お前はその体を使っているだけで、ファウスト・ディ・マッツィアーノじゃないんだろ?」


 すると悪魔は驚いたような表情を浮かべた。


「どこでそれを知った?」

「さあな。そもそも、お前に教えると思うか?」

「……それもそうだな。では改めて、俺の名はレヴィヤ。ファウスト・ディ・マッツィアーノの願いによって降臨した悪魔だ」

「……聞いたことないな」

「だろうな。こちらの世界に来るのは神のクソッタレが世界を二つに分かち、俺たちを魔界に閉じ込めて以来だからな」

「神がそこまでのことをなさったということは、お前たちがそれほどの悪事を働いたんじゃないのか?」


 するとレヴィヤはニタリと笑った。


「お前たち人間は森を切り拓いて畑をつくり、害虫を駆除するだろう? それと何が違うのだ? 俺たちは俺たちが住みやすいように、世界を瘴気で満たそうとしただけだ」

「……そういうことか」

「ああ。俺たちの正しさを理解してもらえて何よりだ」

「いや、お前たちとは相容れないということがよく分かっただけだ」

「そうか。まあ、どちらでもいいな。俺は俺を呼んだ者の願いを叶えるだけだ。そうすれば俺は自由だからな」


 レヴィヤは再びニタリと笑うと立ち上がり、マリア先生のところへと歩いて行った。


「何をするつもりだ! その人を解放しろ!」

「くくく、すぐに解放してやるよ。こいつを埋め込んだらな」


 レヴィヤはそう言うと体を震わせ、さらに自分の胸をトントンと叩き始めた。


 な、なんだ? こいつは一体何をしようとしているんだ?


 いや、今のうちに斬ってしまえば……!


 俺が剣を抜いたのと、レヴィヤが口からピンポン玉ほどの小さな黒い球を吐き出したのはほぼ同時だった。


「おっと、何をしようというのだ? 下手な真似をするとこいつの頭を吹き飛ばすぞ?」


 レヴィヤはそう言ってマリア先生の頭を鷲掴みにした。


「くっ」


 これじゃあ手が出せない。


「さあ、すぐに解放してやるぞ」


 そう言ってレヴィヤは吐き出した黒い球をマリア先生の胸元に押し付けた。


「ひっ?」

「お、おい! やめろ! マリア先生にそんなものを!」

「お母さま! やめなさい! やめて!」


 だがレヴィヤは俺たちの制止を聞くはずもなく、そのまま力を込めて黒い球をマリア先生にぐっと押し込んでしまった。


「うっ!? あああああああああ!」


 マリア先生は絶叫し、そのままがっくりとうなだれた。


「お前! マリア先生に何をした!」

「何って……解放してやったんだよ。この女の中に眠る血をな」

「は? マリア先生の血、だと? お前! 一体何を!」


 するとレヴィヤは意外そうな表情を浮かべ、ティティに話を振った。


「なあ、セレスティア。さかしいお前のことだ。とっくの昔から気付いていたのではないか?」

「え?」

「……お母さまから離れなさい。話はそれからよ」

「ふん、いいだろう。お前がきちんと答えればな」

「……」


 これは明らかに時間稼ぎだ。だが、下手に動けばマリア先生は……!


「ティティ」

「……ええ、そうね。前々から、お母さまはマッツィアーノの血を引いているんだろうとは思っていたわ」


 え? あ、そうか。そういうことか。アンナマリアがあれほどまでティティと似ていたのはそういうことで、ということはティティは建国王の……。


 いや、でも冷静に考えればそれしかなかった。本来なら聖廟で気付いていなきゃおかしい話だったが、これまで刷り込まれた常識が邪魔をしていたのだろう。


「おい、それだけじゃないだろう?」

「……さすがにマッツィアーノが悪魔の血を引いていると気付いたのはごく最近よ」

「え? 悪魔の……血?」


 予想外の言葉に思わずティティのほうを見た。だがティティは険しい表情のまま、小さくうなずいた。


「そうよ。そうとしか考えられないわ」

「どういうこと?」

「レイ、マッツィアーノはね。魔力を持たない相手とセックスをしてもほとんど子供ができないのよ。お腹で赤ちゃんを育てる母親ともなれば特にそうだし、ましてやマッツィアーノの瞳を持つ子供を身籠るともなればなおのことね」

「え? それがどうして……?」

「ふ。当然だろう。人間のはらで悪魔を育てるには強力な魔力が必要だからな。だがもし女が悪魔の血を引いているとなれば、必ずしもその限りではない。たとえばこの女のようにな」


 レヴィヤはそう言って鷲掴みにしているマリア先生の頭を少し持ち上げた。


「マリア先生!」

「ここまで話せばもう分かるだろう? マッツィアーノの一族はな。かつて俺たちを裏切って人間の味方をした悪魔の末裔なんだよ」

「そんな……」

「だからマッツィアーノの瞳を持つ合いの子は俺たち悪魔と同じ力が使え、瘴気に干渉してモンスターを支配できるんだ」


 レヴィヤはそう言って、一呼吸置いた。


「とはいえ、所詮は合いの子だ。本物の悪魔には遠く及ばないがな」


 レヴィヤはそう言って勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「ほら! 話したでしょう? 早くお母さまを!」

「ああ、そうだな。いいだろう」

「あああああああああ!」


 まるでレヴィヤの言葉に反応したかのようにマリア先生は再び絶叫するのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/06/01 (土) 18:00 を予定しております。

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