第158話 裏切り者たち

「ええ、そうです。サルヴァトーレです。私が生まれ変わらせてやったのですよ」

「……この感じ、モンスターだな?」


 サンドロはサルヴァトーレらしい緑色のモンスターをギロリとにらむ。


 元々大きかったサルヴァトーレの体は二回りほど大きくなっており、ついている筋肉もおおよそ人間のそれではない。肌は緑色に変色し、さらに顔以外の部分は堅そうな鱗で覆われている。


「ええ、そうです。ですがただのモンスターと違い、ある程度の知能も残っていますよ」


 ファウストは誇らしげにそう言って胸を張った。一方のサンドロはファウストを睨んでいるが、ファウストは気に留めた様子もなく、サルヴァトーレをきつける。


「さあサルヴァトーレ、セレスティアが欲しいのでしょう? そのためにはサンドロを殺す必要があります。サンドロはセレスティアをお前から奪うつもりですからね」

「グゥゥゥ、ザン゛ドロ゛ォォォ! ゴロ゛ズ!」


 サルヴァトーレはそう叫ぶと、サンドロに向かって目にも止まらない速さで突撃した。


「ぐっ!?」


 サンドロはなんとか直撃を剣で防いだものの、その勢いをいなすことはできずに吹っ飛んだ。サルヴァトーレは追撃しようと追いかけるが、サンドロを守るようにワイバーンたちが割って入る。


「グガァァァァ!」


 サルヴァトーレは手前のワイバーンに向かって拳を放った。ぐしゃり、という鈍い音と共にワイバーンの肉体はその一撃でいとも簡単にひしゃげ、そのまま地面に倒れて動かなくなった。


 そして他のワイバーンたちも次々と殴り殺し、あっという間に死体の山へと変えた。サルヴァトーレの緑色の体は返り血を浴びて赤く濡れ、足元にも巨大な血だまりができている。


「グガァァァァァァ! ゴロ゛ズ!」


 サルヴァトーレは再びそう叫び、サンドロのほうへと突進する。するとサンドロはサルヴァトーレの動きを読み切り、見事なカウンターの一撃を入れた。


 だが!


 ガキン!


 なんとサンドロの剣がサルヴァトーレの鱗に弾かれた!


「なんだと!?」

「ガァァァァァ!」


 サルヴァトーレはそのままサンドロを押し倒すと馬乗りとなり、顔面に拳を振り下ろした。サンドロはなんとかそれをガードするが、サルヴァトーレは一方的に拳を振り下し続ける。


 だが次の瞬間、サルヴァトーレはビクンと固まった。


「モンスターになったなら支配権を奪うだけだ」

「ガ、グァァァァァァ」

「渡しません!」


 ファウストは再び体に黒いオーラをまとい、サルヴァトーレのほうへと手を突き出した。


「ガッ!?」


 サルヴァトーレはビクンと体を震わせ、そして再び拳をサンドロに向かって振り下ろす。


「なっ? がっ!」


 サンドロの顔面にサルヴァトーレの拳がめりこんだ。それから何度となくサルヴァトーレは拳を振り下ろす。


「もう十分です。止めなさい」

「ガ!? グゥゥ」


 するとサルヴァトーレは突然電池が切れたかのようにがっくりとうなだれた。それを見たファウストはニヤリと笑ったが、すぐにまた吐血するのだった。


◆◇◆


 ファウストとサンドロの戦いに決着がついたちょうどその頃、ロネティア要塞のクルデルタの部屋にセレスティアがやってきた。その耳には闇の大聖女の耳飾りが黒く輝いている。


「お父さま、ご報告です」

「どうした?」

「ファウストお兄さまが反乱を起こしました」

「なんだと!? 状況は?」

「残念ながらコルティナはファウストお兄さまの手に完全に落ちました」


 クルデルタは苦々しい表情を浮かべると、小さく舌打ちをした。


「なぜそこまで手際がいい?」

「どうやらサルヴァトーレお兄さまと手を結んだようです」

「なんだと? あいつらが? だがサルヴァトーレと組んだところでファウストに利などなさそうだが?」

「どうやらサルヴァトーレお兄さまは実験台にされていたようで、緑色のおぞましいモンスターへと成り果てました」

「なんだと? ちっ、あいつは馬鹿だからな。被害状況は?」

「お父さまとサンドロお兄さまの畜舎が破壊され、モンスターたちは一掃されました。それと騎士団の一部が殺され、残りはファウストお兄さまに寝返りました」

「なんだと? シグネットリングはどうなっている?」

「無事です。そもそもお父さまがこうしてご健在でいらっしゃるのですから、継承などできないのではありませんか?」

「当然だ。だから偽造でもしたのかと聞いたのだ」

「失礼しました。ファウストお兄さまは偽造品を身に着けていませんし、保管場所にも気付いていないようです」

「そうか。ちっ、あの馬鹿どもはシグネットリングを持たぬ者に従ったのか。罰が必要だな」


 クルデルタは舌打ちをし、不機嫌そうにつぶやいた。


「サンドロに連絡し、鎮圧に当たらせろ。交流会には来なくていい」

「すでにサンドロお兄さまはご自身でお気づきになられ、コルティナへとお戻りになられました」

「そうか。ならば――」

「あ……」


 セレスティアが突然小さく声を上げた。


「どうした?」

「残念ながらつい先ほど、サンドロお兄さまはファウストお兄さまたちに敗れました」

「なんだとっ!? なぜサンドロがファウストごときに!?」

「ファウストお兄さまは自身の魔力を短時間だけですが、増幅する術を編み出したようです。ファウストお兄さまは二度その術を使い、一度目はサンドロお兄さまの従えていたワイバーンの支配権を横取りしました」


 セレスティアはまるで見てきたかのようにファウストの様子を説明する。


「そこまでだとっ!? おい! その術はどのぐらい続くのだ?」

「はい。一回目は三分ほど、二回目は数十秒の持続時間でした。また、二回とも使用後に血を吐いています。かなり苦しそうにしていましたので、かなり無理をしているものと思われます」


 セレスティアが事務的にそう説明すると、クルデルタは不機嫌そうに小さく舌打ちをした。


「仕方ない。ロネト伯爵を脅すのは後回しだ。すぐに戻るぞ。早く準備しろ」

「はい、お父さま。それでは失礼します」


 そう言ってセレスティアはクルデルタの部屋を後にする。クルデルタはその後ろ姿を苦虫を噛み潰したような表情で見送った。だが一方のセレスティアは邪悪な笑みを浮かべていたのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/04/22 (月) 18:00 を予定しております。

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