第156話 回り始めた歯車
それからクルデルタは散々に国王様を煽り倒した挙句、初日の会合は終了した。聖女リーサはティティに謝罪を申し込んだらしいが、そこから先の
そしてその夜、俺は自分の警備担当時間を終えて自室へ戻ろうと城壁の上を歩いていると、なんと東屋に一人でたたずむティティの姿を発見してしまった。
もうかなり冷え込んでいるというのにティティは上着も羽織っておらず、ぼんやりと湖面を眺めている。
……あの格好じゃきっと風邪をひいてしまう。
俺は驚かせないようにゆっくりとティティのほうへと歩いていく。
「ティティ」
背後から声を掛けると、ティティはピクンと反応した。
「その格好じゃ風邪を引くよ」
そう言って俺は着ている自分のコートを脱ぎ、羽織らせてあげた。晩秋の夜風は冷たく、一気に肌寒く感じてしまう。
「ティティ、こんな時間にどうしたの?」
だがティティは返事もせず、こちらを振り返ることもない。ただじっと、月明かりに照らされた湖面を眺めている。
「ティティ?」
するとティティは小さくため息をついた。
「忘れてって言ったのに、どうしてまだ追いかけてくるの? これでもう三度目よ?」
「忘れられるわけないだろ。あんな環境にいて、ティティが傷ついていないわけがない」
するとティティは羽織らせてあげた俺のコートの前をぎゅっと閉じた。それから少しの間、沈黙が俺たちを支配する。
「……しつこい男は嫌われるのよ」
「嫌われてもいいよ。ティティが、それにマリア先生があの地獄から解放されるなら」
ティティは小さく息を呑んだ。それからまた沈黙が俺たちを支配する。
「……どうして?」
「大切な女の子がひどい目に遭ってるんだ。そんなことを知ったなら、なんとしても助けるのが男だ」
「レイ、あなたって人は……」
そう言ってティティは小さくため息をついた。再びの静寂が訪れるが、今度は俺がそれを破る。
「あのさ、ティティ」
「なに?」
「また、作ってきたんだ。受け取ってくれる?」
俺はそう言ってティティの正面に移動し、闇の大聖女の耳飾りと合成した闇の欠片を差し出した。ティティはそれを見てハッとした表情となる。
「……レイ」
ティティはようやく俺の目を見てくれた。ティティの瞳には様々な感情が灯っている。
「もし迷惑だったとしても、これだけは受け取ってほしい。どう転んだとしても、きっとこれはティティを助けてくれる」
ティティはすっと険しい表情になり、俺の目をじっと見つめてきた。
綺麗で神秘的な縦長の赤い瞳。その表情と相まって一見すると冷たく見えるが、俺には分かる。その瞳の奥には様々な感情が揺れ動いていることが。
それからしばらくして、ティティはすっと俺から視線を外し、おずおずと口を開く。
「……そんなに私がいいの?」
「ティティじゃなきゃダメなんだ」
「もう六年経ったわ。私はもう、あの頃のティティじゃないのよ?」
「それを言うなら、俺だってあの頃のレイじゃない」
「……悪のマッツィアーノ公爵家の継承順位第二位、セレスティア・ディ・マッツィアーノ、それが今の私なのよ? レイに言えないようなことだってたくさん……たくさんやってきたわ」
「俺だって、あの頃のティティにはとても言えないようなことをやってきた。お互い様だよ」
「……私はこれからも人に言えないようなことをたくさんするわ。だから……」
「それでも! 俺はティティがいい。ティティと一緒にいて、ティティの笑顔が見たい」
するとティティは無言のまま、再びじっと俺の目を見てきた。俺もティティの吸い込まれそうなほどに美しい瞳を見つめ返す。
それからしばらくすると、ティティは小さくため息をついた。そして今度は強い意志の宿った表情となる。
「そう。わかったわ。そこまで言うのなら一日遅れで追いかけていらっしゃい。案内してあげる」
「え? それって――」
「レイ、ありがたく使わせてもらうわ」
ティティは俺の言葉を遮ると、俺の差し出したプレゼントを受け取った。そしてそのままくるりと回れ右をして、俺のコートを羽織ったまますたすたと立ち去っていく。
追いかけて、もっと話したい。だけど……きっとそれは迷惑になる。
俺はその後ろ姿をぼんやりと眺めるのだった。
◆◇◆
レクスとセレスティアが密会を終えたころ、コルティナに大量のモンスターが押し寄せてきた。しかもまるでタイミングを合わせたかのようにいくつかの門が内側から開け放たれ、モンスターたちは瞬く間に町に雪崩れ込む。
モンスターたちがマッツィアーノの統制下にあると信じていた大多数の兵士は何が起きているのか理解できず、ただただ町にモンスターたちが雪崩れ込むのを見ていることしかできなかった。しかし一部の兵士はその流れに乗じてコルティナの各地にある兵士の詰め所を占領していく。
それと時を同じくして、マッツィアーノ公爵邸でも騒ぎが発生した。クルデルタとサンドロが従えているモンスターの繋がれた檻が破壊され、そのモンスターたちが何者かによって殺されたのだ。
さらに邸内ではファウストが夜陰に乗じて自身のモンスターを動かし、クルデルタとサンドロの部下を次々と殺して回っている。
「ファウスト坊ちゃま! これは一体どういうおつもりですか!」
クルデルタの執務室に突入しようとするとファウストの前にセバスティアーノが立ちはだかった。セバスティアーノの手には短剣が握られている。
「セバスティアーノ、どきなさい。マッツィアーノのすべてはこの私が継承します」
「早まってはなりません。後継者をお決めになるのは旦那様の専権事項です。どうかおやめください。旦那様がお戻りでない今ならまだ間に合います」
「ふ、セバスティアーノ。父上はセレスティアが足止めしています。しばらく帰ってきませんよ」
「なっ!?」
「それにサンドロは魔の森に釘付けです。私を止める者は誰もいませんよ」
「ファウスト坊ちゃま! それでもいずれ旦那様とサンドロ坊ちゃまはお戻りになられます。そうなれば……がっ!?」
突然セバスティアーノの胸部から剣の切っ先が顔をのぞかせた。いつの間にか一人の男がセバスティアーノの背後に回り込み、剣を突き立てていたのだ。
「サンドロが継承すれば私は死ぬしかない。ならばチャンスのある道を選ぶのは当然でしょう?」
「う……あ……」
「セバスティアーノ、父上の執事として今までよくマッツィアーノに仕えてきました。その褒美として、苦しまずに逝かせてあげましょう」
「ファウ……スト……ぼっ……ちゃ……ま……」
セバスティアーノは何かを伝えたそうにしていたが、力なく地面へと崩れ落ちる。
こうしてファウストはクルデルタの執務室を奪い取り、一夜にしてコルティナの全権を掌握した。そしてすぐさま自身が新たなマッツィアーノ公爵として即位したことを宣言し、領内の各地へと伝令を走らせるのだった。
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次回更新は通常どおり、2024/04/20 (土) 18:00 を予定しております。
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