第140話 泉の調査

 あれから色々と研究した結果、俺はレベル1ヒールポーションよりも効能をかなり落としたヒールポーションのレシピを入手することに成功した。


 レシピの内容は簡単で、レベル1ヒールポーションとマジックウォーターを一対九の割合で混ぜるというものだ。


 俺はこのヒールポーションをレッサーポーションと名づけ、一リレ五十センテという超激安価格で販売することにした。ちなみにセンテというのは補助通貨で、百センテで一リレとなる。


 なお、レッサーポーションが瞬時に治せるのは、転んで膝を擦りむいたくらいの怪我だけで、重症の場合はほとんど効果はない。だがこれであれば教会の販売しているポーションとも競合しないし、大量生産も可能だ。


 なので家庭や職場での日常的な怪我に使ってもらえればと思っている。


 さて、そんなことをしているうちに三月の上旬となり、俺はボアゾ村の跡地にやってきた。予定よりも少し早いのだが、連日のようにマッシモさんから泉の調査に行きたいと言われ、押しきられた形だ。


 今回はマッシモさんの研究に付き合うという目的のため、希望者のみで人数も最小限だ。テオとキアーラさんがついて来てくれ、ピエトロ、フェルモ、クレート、バルドという四名の元従騎士が荷物持ちとして同行してくれている。


 さて、久しぶりにボアゾ村の跡地にやってきたわけだが、荒廃がさらに進んでいる。


 きっと、ベルトーニ子爵にはボアゾ村を復興させるつもりがないということなのだろう。


 寂しいが、かといって住民が完全に入れ替わった村もな……。


 なんとも複雑な気分でお墓参りを済ませ、すぐに泉へと向かう。


 やはりまだ少し季節が早いこともあって所々に雪が残っており、森の中は人の手がまったく入っていないこともあってか、モンスターの気配が濃くなっている気がする。


 スノーディアのようなモンスターが結構な頻度で襲ってくるようになっており、このこともまた、ボアゾ村の復興を妨げている要因なのかもしれない。


 だが、今の俺たちにとってスノーディアはもう恐れるようなモンスターではない。なぜなら俺たちはやじりをさらに改良を重ね、理論上は一年ホーリーを保持できる矢を開発したからだ。銀狼のあぎとが使う矢はすべてこの鏃を使っているため、スノーディアでも不意打ちを受けなければ容易に倒すことができる。


 ちなみにこの矢は光の矢という名前で一般販売を開始している。聖銀ミスリルを使っているのでかなり高価だが、銀狼のあぎとの主力商品としてレベル1ヒールポーションなどのポーション類と並んで財政に大いに貢献してくれている。


 そんな余談はさておき、俺たちはあの不思議な泉へとやってきた。


「ふむ。ここがその泉なのじゃな? むむむ? これは!」


 マッシモさんは何かに気付いたようで、興味深そうに泉を調べて回っている。さらに濡れることも気にせずに冷たい泉の中に入っての調査を始めた。


「うーむ。これは……水に魔力が籠もっておるのか? いや、違うのう。水ではないようじゃ。ということは、この土地が魔力を持っておるのじゃな。じゃが、底の土は普通の土じゃ。となると、この魔力は一体どこから来ておるのじゃ?」


 それからマッシモさんは散々調べて回り、続いて俺に声を掛ける。


「レクス卿、声が聞こえたと言っておったな?」

「はい」

「儂は聞こえんのじゃが?」

「前にニーナさんたちと調査に来たことがあって、そのときはダメでした。なので、俺が腹を刺されて瀕死になったことで能力が覚醒しただけだろうっていうことになったんですけど……」

「ふむ。なるほどのう。ではレクス卿、治療は頼んだぞ」


 そう言ってマッシモさんは躊躇なく自分のお腹に短剣を突き立てた。マッシモさんはそのまま泉の中に崩れ落ちる


「マッシモさん!?」


 俺は慌てて助けに入った。


「う……」

「マッシモさん! やりすぎです!」


 俺は大慌てでヒールを掛け、マッシモさんを泉から引き揚げた。。


「マッシモさん! 大丈夫ですか!」

「う……うむ。レクス卿、助かったのじゃ」


 そう言ったがマッシモさんはかなり血を流していたため、体力を失っている。


「早くたき火に」


 俺はすっかり体の冷えたマッシモさんをたき火の側に連れて行くのだった。


◆◇◆


 それからしばらくし、温かいスープを飲ませるとマッシモさんはようやく元気になった。


「マッシモさん、大丈夫です?」

「うむ。そんなことより、レクス卿の言っておった瀕死という条件は間違っておったのう。瀕死になったが、声は聞こえんかったからのう」

「マッシモさん……」


 好奇心の塊であることは知っているが、何もあそこまで深く刺さなくても良かったのではないだろうか?


「なんじゃ? そんな目で見るでない。真実を探求しておるのじゃ。このくらいは当然じゃろう」


 まったく、マッシモさんは……。


「ほれ、そんなことより、そのときのことを思い出すのじゃ。腹を刺された以外に何があったんじゃ? 天気は? 時間は?」

「そうですね。時間は夜でした。天気は……たしか晴れていたような?」

「なるほど。それならば今日はこのままここでキャンプをするのじゃ」

「はい」


 こうしてマッシモさんに言われるがまま、キャンプをすることになったのだった。


◆◇◆


 それから一週間ほどが経過したが、結局精霊の祝福を受けることはできなかった。ただ、そうしている間に一つだけ気付いたことがある。


 それは、この泉の周辺にいるとモンスターに襲われないということだ。


 どうやらこの泉にはモンスターを遠ざける効果があるようで、半径百メートルほどの範囲内には絶対に入ってこないのだ。


 しかも人間を見つけて追いかけてきているときですら、泉の近くに来ると追うのを止めるのだ。人間を見かけたら、通常は殺すまで決して諦めないモンスターが、だ。


 だからこの泉に何かがあることは間違いない。


 ただモンスターたちは俺たちの存在に気付いており、泉から離れた場所にはモンスターが集結しつつある。


「さすが、魔の森といったところじゃのう」


 泉の調査が行き詰まったマッシモさんが遠巻きにこちらを窺っているモンスターたちを見て、そんなことをつぶやく。


「そうですね。まあ、俺たち冒険者としては稼ぎ時でもありますけど……っ!?」


 俺はそう答えながらちらりとマッシモさんのほうを見て、思わず息を呑んだ。


 ああ、マッシモさんが……マッシモさんの目が少年のように輝いている。


 ま、まずい。今度は一体何に興味を持ったんだ?


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 次回更新は通常どおり、2024/04/04 (木) 18:00 を予定しております。

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