第134話 ヴェスピオレ山の洞窟

 会場に戻った俺は何人かの貴婦人にダンスに誘われたが、その全てを断った。そのおかげで途中からは誰にも誘われなくなり、上手に踊るカップルを眺めているうちにパーティーは終了した。


 マルツィオ卿にもったいないと言われたが、ダンスなど一度もやったことがないのだから無理なものは無理だ。


 そうそう。テオも色々な女性に声を掛け、ダンスに挑戦していたのだ。しかし何度となく失敗しまくり、最終的には誰からも相手にされなくなってしまっていた。


 きっと俺もダンスに挑戦していたらきっと同じような感じになっていただろうな。


 とはいえ、マルツィオ卿もクレメンテ卿も上手に踊っていたし、銀狼騎士団で歴の長い人もきちんと踊れていた。そこで気になってこっそり聞いてみたところ、どうやら貴族の女性にとって踊れない人間はダサい人間という扱いであるため、彼女たちを口説いて結婚するために覚えたのだそうだ。


 ちなみにマルツィオ卿たちがなぜ貴族の女性と結婚したいのかというと、騎士団を引退した後の再就職狙いなのだそうだ。そもそも騎士団は体が資本のため、メルクリオ卿のようにずっと残って仕事ができる者は非常に稀だ。


 そのため貴族の女性と結婚し、たとえば婚家の騎士団や警備隊に役職付きで再就職したり、領地のそれほど重要でない町や村のトップにしてもらうことを目指すのが通例なのだという。


 銀狼騎士団出身ということは王太子殿下とのパイプがあることを意味している。これまでであればきっとかなり引き合いがあっただろうが、今や王太子殿下は捕らわれの身だ。


 これからは状況がどんどん悪くなっていくだろうし、もし王太子殿下が殺されていれば、そうした誘いは激減するはずだ。


 だからこの場で多くの女性とダンスをし、そうした伝手を見つけておくということは必要なことなのだ。


 要するに、銀狼のあぎとのメンバーたちは、決して物語に登場するような騎士道精神だけでこの決断をしたというわけではないということだ。


 もちろん王太子殿下を慕っているのは間違いない。本気で王太子殿下を救出するということを目指している。


 だが一方で第二王子に鞍替えするか、それとも王太子殿下を救出するかを天秤にかけ、後者に自分の未来をベットしたということでもあるのだ。


 もしこの賭けに勝てば銀狼のあぎとのメンバーは皆、騎士道精神の体現者としてその株を大きく上げることになるのは間違いない。そうなれば、全員が物語の主人公としてそれぞれの目指す未来に大きく近づける。


 まるで夢のない話かもしれないが、俺はそれでいいと思っている。


 俺だってティティを助け出すためにみんなを利用しているのだから、所詮は同じ穴のむじなというやつだろう。


 最終的な目的は違えども、俺たちは騎士道という美しいお題目を掲げ、それぞれの目的のために王太子殿下を救出する。


 ただ、それだけなのだ。


◆◇◆


 感謝祭のあと、俺たちは再びヴェスピオレ山の攻略に乗り出した。そして二週間かけて山麓からしらみつぶしに調査を行い、山頂近くでモンスターが湧き出る洞窟を発見した。


 俺たちは魔界の影の出現可能性を考慮して俺が先行し、テオたちに退路の確保、マルツィオ卿にベースキャンプまでの退路の確保、クレメンテ卿にベースキャンプの確保をお願いするという体制で攻略に臨んだ。


 そうして向かった洞窟の奥で、ついに俺はとても小さな次元の裂け目を発見した。周囲にはモンスターはおらず、魔界の影も出現していない。


「おーい! 次元の裂け目を見つけたぞ! 魔界の影はいない!」

「分かった! すぐに行く」


 呼び寄せると、すぐにテオたちが駆けつけた。


「これが次元の裂け目か。なんか変な感じだな」

「あれ? こんなに小さかったっけ? もっと大きくなかったっけ?」


 ヴァリエーゼで次元の裂け目を見ているキアーラさんが不思議そうに首をかしげている。


「うん。かなり小さいと思う」

「そうよね。何が違うの?」

「さあ……」


 俺だって次元の裂け目を見るのはこれで四度目だ。


「でも、魔界の影はいないのね」

「みたいだね」

「なら、さっさと閉じちまったほうがいいんじゃねぇか?」

「それもそうだな」


 テオに言われ、次元の裂け目を閉じようしたちょうどそのときだった。次元の裂け目から黒いもやのようなものが漏れ出してきたではないか!


 魔界の影か!?


 そう思ったのだが、黒い靄のようなものはそのまま霧散した。


「ねえ、今のは何? 魔界の影っぽかったけど、ちょっと違ったわね」

「ああ。でも怖いから閉じて……ん?」


 再び黒い靄のようなものが噴き出し、今度は徐々に形を取り始めた。


「うおっ!? ジャイアントラット!?」


 突然目の前にジャイアントラットが現れ、一番近くにいたテオに襲いかかる。だがテオは冷静に剣を振り、ジャイアントラットの首を斬り落とした。


「ねえ、今の黒いのがモンスターの発生原因なんじゃ?」

「……かもしれない。魔界の影が出ても厄介だし、さっさと閉じちゃおうか」


 俺はすぐにサンクチュアリで次元の裂け目を閉じる。今回は魔竜ウルガーノの巣穴のときのような邪魔はなく、あっさりと閉じることができた。


「よし、終わりかな」

「リーダー、お疲れ様」


 キアーラさんがそう言って労ってくれた。


「ありがとうございます。それじゃあ、帰りましょうか」


 こうして俺たちは依頼を終え、サレルモへと帰還するのだった。


================

 次回更新は通常どおり、2024/03/29 (金) 18:00 を予定しております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る