第124話 ワイバーン襲撃事件
国王陛下は腰が抜けているのか、立ち去るマッツィアーノ公爵に何も言い返さないどころか、立ち上がることすらもできないようだ。
「陛下、しっかり」
「なんと! お怪我を! おい! 銀狼騎士団のお前!」
国王陛下に付き添っている太った男が俺のことを呼びつけてくる。
「お前ではありません。騎士レクスです」
「ええい! 騎士ごときが偉そうにするな! 陛下のお怪我をさっさと治療しろ!」
やれやれ、仕方ない。誰だかは知らないが、国王陛下にくっついているということは偉い上位貴族なのだろう。
「わかりました。陛下、大丈夫ですか? 今治療します」
「おお! レクス卿! 助かった……」
国王陛下は心底ほっとした表情を浮かべる。
「陛下、失礼します」
血で赤く染まった陛下のしわくちゃな手を取り、怪我の状態を確認する。
ん? これってさっき強く握りすぎて爪が刺さったのか?
なんだ。さっきのガラス片で怪我したのかと思ったが、ただの自爆だったようだ。
俺はさっとヒールを掛け、怪我を治療した。
「おぉぉぉ。さすがじゃのう、レクス卿」
国王陛下はそう言って大きく息を吐いた。
ドオォォォォォン! ドオォォォォォン!
再び大きな爆発音が外から聞こえてきた。しかも今度は二回もだ。
「な、何事じゃ!」
しかしその答えを知っている者はここにはいない。
「確認して参りま――」
「レクス卿といったな。お前はここにいろ」
先ほどの偉そうなお付きの男がそう命令してくる。
さて、どうしたものか。俺は王太子殿下の命令を受けて動く立場なのでこの男の命令に従う必要はない。
だが一方で俺が受けた命令はこの部屋の警備だ。王太子殿下が命令を出せない場合は自由に動いていいことになっているが……。
俺は室内の状況を改めて確認する。
三度の爆発音を聞き、すでに近衛騎士たちが十人以上集まっている。であれば俺の存在は不要なはずだ。そもそも国王陛下を守るのは近衛騎士の役目なので、俺がここに留まれば逆に彼らの仕事を取り上げたことになってしまう。
「お言葉ですが、ここには陛下の剣である近衛騎士たちがこれほどおります。私は王太子殿下の剣として、王太子殿下の
「う、うむ。そうじゃな。よくぞ言った。レクス卿、早く息子のところへ向かうのじゃ」
「はっ! 失礼しいます!」
こうして俺は部屋の外へと出る。どうやら廊下の兵士たちは持ち場を守るという選択をしたようだ。
これは好都合だ。
俺は目の前の警備兵に尋ねる。
「王太子殿下はどちらへ?」
「王太子殿下ならマッツィアーノ公爵令息と向こうの階段を降りていったぞ」
「ありがとう!」
俺は大急ぎで階段を降り、その先にいた警備兵に話を聞くと二人が裏庭へと向かったことが分かった。
そうして裏庭への出入り口まで来たのだが、なんと床に血痕が残っている。
イヤな、予感がする。
大急ぎで裏庭に出ると、なんと美しく手入れされていた裏庭を翼の生えた体長五メートルほどのドラゴンの群れが我が物顔で闊歩していた。もちろん上空にもドラゴンの群れが飛んでいる。
え? これは……一体? 王太子殿下は!?
慌てて裏庭を見回すが、王太子殿下はおろか警備していた兵士たちの姿すらない。だがあちこちに血痕があり、その近くには武器が、さらに向こうにはドラゴンの死体が二つ転がっている。
まさか!
慌てて飛び出そうとすると、建物の陰から人が出てきた。
マッツィアーノ公爵とサンドロ・ディ・マッツィアーノだ。
彼らは臆することなくドラゴンに向かって歩いていき、その姿を見たドラゴンたちが一斉に二人に襲い掛かる。
だがマッツィアーノ公爵とサンドロが手を突き出すとピタリと止まり、そのままがっくりとうなだれた。飛んでいたドラゴンたちも着陸し、二人に対して
すると建物の中から他の警備兵たちがようやく出てきた。
「こ、これは……」
「一体何が?」
すると、マッツィアーノ公爵がこちらを振り返った。
「む? ああ、お前たち、安心するといい。ワイバーンどもはマッツィアーノがすべて従えたからな」
すると他の兵士たちが
「ところでお前たち、ルカ王子がどこに行ったか知らないかね?」
「え? サンドロ様とご一緒だったのでは?」
「それが、一人でどこかに行ってしまったそうでなぁ。ワイバーンにやられていないか、我々も探しているところなのだよ」
マッツィアーノ公爵はそう言うとニタリと笑った。
……まさか!
「まあいい。少々イレギュラーなこともあったしな。我々はこれで失礼させてもらおう」
そう言うとマッツィアーノ公爵とサンドロはたった今従えたばかりのワイバーンにまたがり、飛び立った。
「お、おい。あれ……」
「王太子殿下!?」
なんと飛び去るワイバーンのうちの一体がだらんとした王太子殿下を足で掴んでいるではないか!
「おい! ふざけるな! 王太子殿下を返せ!」
俺たちは慌てて追いかけるが、さすがに矢を射掛けるわけにもいかない。
抗議する俺たちを尻目に、王太子殿下を堂々と拉致したマッツィアーノ公爵は北へと飛び去って行った。
俺たちはそれをただ見送ることしかできなかったのだった。
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次回更新は通常どおり、2024/03/19 (火) 18:00 を予定しております。
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