第115話 マッツィアーノでは

 魔竜ウルガーノが倒されてほどなくして、領都コルティナにあるマッツィアーノ公爵の執務室をセレスティアが訪れていた。


「お父さま、ご報告があります」

「どうした?」

「ルカ・ディ・パクシーニが魔竜ウルガーノを討伐しました」

「何っ!?」


 クルデルタは目を見開き驚いた。


「一体どうやって?」

「はい。銀狼騎士団の精鋭およそ五十名を率い、シシル島へと向かいました。そしてウルガーノ島の見える海岸にいくつもの穴を掘り――」


 セレスティアはまるで見てきたかのようにレクスたちのモグラ作戦、そして追撃戦の様子までもつまびらかに報告した。


 するとクルデルタは眉をひそめ、小さく舌打ちをした。


「そんなやり方があったのか。あいつめ。鼻につくようになってきたな。元々はお前と婚約させ、からかってやろうと思っていたが……」

「あら? 私にペットとしてくださるんですか?」


 セレスティアは無表情のままそう聞き返すが、クルデルタは首を横に振る。


「昔の話だ。今のお前を婚約させるなど考えていない。この半年で信じられないほどの成長をしたからな。まさに覚醒したという表現が相応しい」


 クルデルタはまるで娘の成長を喜ぶ父親のような表情でそう言った。


「ありがとうございます。尊敬するお父さまを常に手本とし、励んできましたから」


 セレスティアは表情を変えずにそう言うと、クルデルタはニタリと笑った。


「ペットはまたいいものを見つけたらくれてやる」

「あら? 本当ですか? ありがとうございます。でも私、最初のペットで毛並みの悪い品種には懲りてしまいました」

「くくく、今のお前にはあんな雑種など似合わん。いずれいいペットを見つけてきてやる」


 クルデルタはニタリと邪悪な笑みを浮かべながらそう言った。するとセレスティアもニタリと邪悪な笑みを浮かべる。


「ありがとうございます、お父さま。楽しみにしていますね」


◆◇◆


「セレスティア」


 マッツィアーノ邸の廊下を歩いているセレスティアにサルヴァトーレが声を掛けてきた。


「あら、サルヴァトーレお兄さま。こんなところでお会いするなんて、嬉しいです。どうなさったのですか?」


 セレスティアはほんのりと頬を赤らめ、嬉しそうに微笑みながらサルヴァトーレのほうを振り返った。その様子にサルヴァトーレはニヤニヤとだらしない表情を浮かべ、セレスティアのドレスの胸元から腰にかけてのラインを舐めるように見る。


「いや、姿を見つけたから声を掛けただけだ。お前、ずいぶんと成長して女らしくなってきたじゃねぇか」

「まぁ……恥ずかしいです」


 セレスティアはそう言うと恥ずかしそうに視線を逸らし、左手でだらりと下げた自身の右腕の肘をつかんだ。だがその仕草によって同年代の少女よりも豊かな胸の膨らみが強調される形となり、サルヴァトーレはごくりと喉を鳴らし、イヤらしい笑みを浮かべる。


「いいじゃねぇか。褒めてるんだぞ」

「……でも、やっぱり恥ずかしいんです」


 恥じらうセレスティアにサルヴァトーレは益々鼻息を荒くする。


「恥ずかしがることじゃねぇ。いずれ、お前に男を教えてやるからな」

「え? お兄さまがですか?」

「嫌か?」

「……いえ、大好きなサルヴァトーレお兄さまなら嬉しいです」


 サルヴァトーレの鼻の下は完全に伸びきり、あまりにもだらしない表情を浮かべる。


「ああ、待ってろよ。俺が後継者になるまでの辛抱だ」

「はい。サルヴァトーレお兄さまならきっと」


 セレスティアはキラキラとした目でサルヴァトーレの目を見ながらそう言った。その様子はさながら恋する乙女のようでもある。


「任せておけよ。くくくくく」


 サルヴァトーレは満足げな様子でそう言うと、そのまま立ち去っていく。するとセレスティアの顔からすっと表情が消えたかと思うと、まるで汚物でも見るかのような表情をほんの一瞬だけ浮かべたのだった。


◆◇◆


 一方その頃、同じ敷地内に建設されたファウストの研究所にはロザリナの姿があった。


「ファウストお兄さま、ごきげんよう」

「ああ、ロザリナですか。何かわかりましたか?」


 淑やかな笑みを浮かべるロザリナとは対照的に、ファウストの表情はどことなく余裕がない。


「ええ。アンナとサラが聞き出してきましたわ。セレスティアが何を従えたのか」


 ファウストはじっとロザリナの目を見つめる。


「……ダーククロウの数を増やしたそうですわ」

「は? 数を増やした? ダーククロウの?」

「ええ。倍以上に増やしたのだそうですわ」

「……元々たった三羽だったはずです。それが倍に増えたところでたったの六羽ですよ?」

「ええ、そうですわね。ファウストお兄さま? 一体何を気にしてらっしゃるんですの? あの子がお父さまに可愛がられているのは顔ですわ。その証拠に、お父さまは足しげくマリアおばさまの塔に通っていらっしゃるじゃありませんか」


 それを聞いたファウストは小さく舌打ちをした。


「ファウストお兄さま? 魔力が急激に増えるなどありえませんわ。魔力は体の成長と共に増え、衰えと共に減る。それが自然の摂理ですのよ」


 それを聞いたファウストはロザリナのことを睨みつけた。するとロザリナはすぐにハッとしたような表情を浮かべる。


「あっ! わたくしとしたことが。ファウストお兄さまはその自然の摂理に逆らう方法を研究してらっしゃるのでしたわね」


 ファウストはギリリと歯ぎしりをした。


「大丈夫ですわ。モンスターで成功したんですもの。きっと人間でも上手くできますわ」

「ですが、その実験体にする予定の者が父上のお気に入りになってしまったのです。今手を出せば……そうだ。アンナかサラはどうです? 興味はありませんか?」

「……ファウストお兄さま、二人を実験体にするのは許しませんわよ?」

「ちっ」


 ファウストは舌打ちをした。


「さ、ファウストお兄さま。わたくしは情報をお教えしましたわよ。きちんと対価はいただけるんですのよね?」

「……実験体の中から気に入ったのを一体、差し上げましょう」


 それを聞いたロザリナは顔を輝かせる。


「ふふ、ありがとう存じますわ。ファウストお兄さまは美しい筋肉のペットをたくさんお持ちですもの。ああ、どれにしましょう」


 ロザリナはそう言うと、嬉しそうにファウストが実験体を閉じ込めているという地下牢へと向かう。


 それを見送ったファウストは悔し気にぼそりとこうつぶやいた。


「ダーククロウのようなゴミを多少増やしたところで父上があんなに重用するはずがないでしょう。バカ女が」


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 次回更新は通常どおり、2024/03/10 (日) 18:00 を予定しております。

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