第102話 深夜の密会

 王太子殿下はまず、悪魔の前に歩み出た。悪魔が手を差し出したので、王太子殿下はその甲にキスをする。


「ロザリナ嬢、昨年お会いしたときよりもますますお美しくなられましたね。夜の闇を溶かしこんだようなその美しく艶やかな黒髪、そしてどんなルビーよりも美しく輝くその瞳にはきっと夜空を瞬く星々すらもきっと嫉妬することでしょう」


 王太子はよくもそんなお世辞を言えるものだと感心するような誉め言葉を並べる。悪魔もまんざらでもなさそうな表情を浮かべているが、その内面を知っている俺から見れば吐き気を催すレベルの醜悪さだ。


「そんな貴女の美しさを引き立てるには何が良いか、考えましたのですが……」


 すると王太子殿下の後ろに控えていた侍従が箱を王太子に差し出した。王太子は受け取った箱を開け、悪魔に見せる。中身はよく見えないが、キラキラと光っているので何かのアクセサリーなのだろう。


「こちらは最高級のダイヤモンドをあしらった金の髪飾りです。どうぞお受け取りください」

「まあ、嬉しいですわ。着けてくださる?」

「もちろん、喜んで」


 王太子殿下は悪魔の髪に金の髪飾りを着けた。遠目なのでよく分からないが、高級そうだということだけは分かった。


 続いて王太子殿下はティティの前に立ち、ティティの手の甲にもキスをした。


「セレスティア嬢、はじめまして。ルカ・ディ・パクシーニと申します。貴女のことを初めて聞いたとき、どのようなお方なのかと思っておりましたが、まさかここまでお美しいお方だとは想像だにしませんでした。貴女の美しさはまるで夜空に浮かぶ月のようで、きっと満開の薔薇の花たちですら霞んでしまうことでしょう」

「そう」


 歯の浮くような誉め言葉をティティは無表情のまま聞いている。


「そんな貴女のためを思い、贈り物を用意しました。是非受け取ってください」


 王太子殿下は再び侍従から箱を受け取ると、蓋を開けて中身をティティに見せた。そこには黒い大きな宝石のあしらわれた首飾りがある。


 そう。あれは俺が錬成した闇の聖女の首飾りだ。というのも、実はどんなプレゼントが良いかを聞かれたので、ぜひこれを渡してほしいと頼んでおいたのだ。


「そう。ありがとう」


 ティティはそう言って箱ごと受け取ろうと手を伸ばす。ティティがちょうど箱に触れたとき、王太子殿下の口が小さく動いた。するとそれに反応してティティは一瞬眉をピクリと動かす。


「気が変わったわ。着けてくださる?」

「もちろん。喜んで」


 ティティは王太子に闇の聖女の首飾りを首にかけてもらった。


「その箱も貰っていくわ」

「もちろんです」


 ティティは相変わらず無表情だが、どことなく嬉しそうに見えるのは俺のひいき目だろうか?


 こうして二時間遅れで始まったパーティーは和やかなムードで進み、終始トラブルもなく円満に終わったのだった。


◆◇◆


 その日の深夜、俺はマッツィアーノ公爵家が泊まっている迎賓館の警備担当として庭の一角の警護にあたっていた。


 深夜ということで人気もなく、月明かりだけがあたりを照らしている。


 そんな庭を歩く人影を発見した。


 ……ティティだ!


 ドキドキしつつ待っていると、ティティはまっすぐにこちらへとやってきた。ティティの胸元には闇の聖女の首飾りが輝いている。


 ティティは俺の姿を見るなり、大きなため息をついた。


「私のことは忘れてって言ったのに、どういうつもり?」


 ティティは突き放すようにそう言ったが、その表情は複雑だ。


「忘れられるわけないだろ」


 するとティティはそのまま黙り込んでしまう。


「ティティ。実はもう一つ、これを渡したかったんだ」


 そう言って俺は拳大の闇の欠片を差し出した。この闇の欠片は、ヴァリエーゼで大量に手に入れた闇の欠片を錬金釜を使って合成したものだ。こうすることで大量の闇の欠片をコンパクトにまとめることができるため、持ち運びが楽になる。


 ちなみにこうして合体させたとしても、その効果の合計は変わらない。当然といえば当然の話ではあるが、一と一を足して三になるなどといった都合のいい話などそうそうないということだ。


「何? それ?」


 ティティは怪訝そうな表情で闇の欠片を見つめている。


「これは闇の欠片っていって、ティティの魔力を強化してくれるんだ。使ったことはある?」

「ないわ」

「じゃあ、手に持ってみて」


 ティティは素直に闇の欠片を受け取ってくれた。


「中に魔力があるのを感じるでしょ?」

「魔力? ……ああ、あるわね」

「それを体の中に吸い取るようにしてみて」

「吸い取る? こうかしら」


 するとティティの頬がわずかに赤くなり、薄っすらと汗をかき始めた。


「え? え? 何? なんなの? これ?」

「闇の欠片の力を吸収して、ティティの魔力が強化されてるんだ。それはかなり大きな奴だから、効果は高いと思う」

「……んっ……んんっ」


 ティティは頬をほんのりと赤らめながら小さなうめき声をあげている。それから数分経つと、闇の欠片はサラサラと崩れるようにして消滅した。


「ティティ、大丈夫?」

「……ええ」

「その首飾り、闇の聖女の首飾りって言うんだけど、それも闇属性魔法を強化してくれるんだ。それさえあれば、もう魔力が低いだなんて卑屈になる必要はないよ」

「レイ……」

「だから、待ってて。見てのとおり、騎士にもなった。まだまだ成り上がる。それで、絶対助けるから。夢物語なんかじゃないって、証明してみせる」


 するとティティはそのままうつむいてしまった。


「ティティ……」


 と、向こうから足音が聞こえてくる。


 しまった。もう交代の時間のようだ。


 ティティもその音に気付いたのか、顔を上げた。だがその顔に表情はなかった。


「レイ、あなたには感謝してるわ。でも、危ないことはやめて。もうこれだけで十分だわ。お願いだから、私のことは忘れてちょうだい」


 そう言ってティティは踵を返し、建物のほうへと歩いていった。


 ティティの想いが伝わってきて、胸が締め付けられる。


 でもね、ティティ。俺だってそうなんだ。


 それからすぐに交代の騎士がやってきた。


「レクス卿、お疲れ様です。交代の時間です」

「はい。ではよろしくお願いします」


 こうして俺は警備の任務を終え、自身の宿舎に戻るのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/02/26 (月) 18:00 を予定しております。

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