第85話 救世主?

 里に戻ると、マリンがすぐにやってきた。


「あ! レクちん! おかえり!」

「ああ。ただいま」

「レクちん! こっちこっち!」

「うわっ!?」


 俺はマリンに腕を強引に引っ張られ、そのまま里の中ほどに連行された。するとそこにはモンスターの死体が積み上げられている。


「ほらほら、あーしが拾っておいたんだよ! 嬉しい? 嬉しい?」

「ああ、ありがとう」

「ちょっとー? 全然嬉しそうじゃないんですケドー?」

「いや、嬉しいよ。ありがとう」

「んんー? なんだか気持ちがこもってなさそうなんですケド?」

「マリン様、きっとレクス様はお疲れなのです」

「あっ! そっか! あはははは。あーしったら、レクちん、ゴメンね?」

「いや、いいよ。大丈夫だから。運んでくれてありがとう」

「えー? いいってことヨ~。あーしとレクちんは、ズッ友だからね~」


 マリンはすっかり機嫌が直ったようで、嬉しそうにそう言って俺の背中をバシバシ叩いてきた。


 まあ、マリンも悪い奴じゃあないんだよな。


 そんなことを思っていると、向こうから女王様がやってきた。近くには小さな女の子の人魚もいる。


「レクス様、もしやもう終わったのですか?」

「はい。影も、その発生源も潰しておきましたので、もう大丈夫ですよ」


 すると周囲の人魚たちが湧きあがる。


「それはそれは。なんとお礼を申し上げたらよろしいのやら」

「いいですよ。モンスターから取れる素材だけで十分です」

「なんと無欲な……」


 女王様はそう言って声を詰まらせた。周囲からも「さすが救世主様だ」「人間はもっと強欲だと思っていたのに」などという言葉が聞こえてくるが、完全なる誤解だ。無欲な救世主様はわざと戦いを長引かせて定点狩りなんてしない。


「それは、その……」

「そうだ! やはりレクス様にはあれを差し上げるのが一番でしょう」


 俺が反応に困っていると女王様はそのままどこかへと行ってしまった。すると女王様と一緒にいた小さな女の子が恥ずかしそうに俺のほうに寄ってきた。


 年齢は……そうだな。九歳くらいだろうか?


「あー! アクアじゃん。アクアもレクちんに挨拶?」

「うん。お姉ちゃん」


 え? 妹? 言われてみれば女王様には似ているような……?


「レクちん! この子、あーしのチョーかわいい妹のアクア! ほら、アクア」


 するとアクアちゃんは顔を恥ずかしそうに、おずおずと近寄ってきた。


「あ、あの! きゅ、きゅ、きゅーせーしゅ様! あ、あ、アクアでひゅ」


 あ、噛んだ。


 アクアちゃんの顔が一瞬にして真っ赤になった。


「アクアちゃんだね。レクスだよ。よろしく」

「ひゃ、ひゃいっ!」


 声が裏返ってる。俺は頭が真っ白になっているであろうアクアちゃんの頭を、ポンポンと優しくでてあげるのだった。


◆◇◆


 それからしばらくして、女王様が戻ってきた。


「レクス様、どうかこれを受け取ってください」


 そう言って差し出してきたのはどう見ても女物の一対の耳飾りだ。


「ご覧のとおり、これは女性用です。ですが里に伝わる言い伝えで、この耳飾りは救世主に渡すべきものであるとされています。この言い伝えが何を指しているのかは分かりませんが、レクス様がこれをお持ちになることには意味があるのだと思います」

「はあ。まあ、そういうことでしたら」


 耳飾りを受け取り、じっと観察してみる。


 はて? どこかで見たことあるような?


 そんなことを考えていると、神殿から戦士たちがモンスターの死体を持って戻ってきた。


「救世主様! お待たせしました! ただ、あと二十往復くらいする必要がありそうです」


 彼らはそう言うと、すぐに神殿へと戻っていった。


「えっ!? そんなに!?」

「すげぇ」

「さすが救世主様だ」


 そんな声があちこちから聞こえてくる。


「お前たち、手伝いなさい!」

「はい!」


 女王様はすぐに周囲の人魚たちに命令し、運搬を手伝わせる。


「さあ、レクス様。お疲れでしょうからこちらへ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 俺は後ろめたい気持ちをなんとか隠しつつ、女王様の後に続くのだった。


◆◇◆


 その日は泊まっていくように強くすすめられ、食事を用意してくれているであろうトスカさんには申し訳ないが、断り切れず一泊することとなった。


 その夜はお祭り騒ぎとなり、大いに盛り上がっていたのだが、特に印象的だったのはマリンがとんでもなく歌が上手だったということだ。


 他の人魚たちも歌は上手かったが、マリンの歌は群を抜いて素晴らしかった。


 人は、いや、人魚は見かけによらないというべきか、それとも芸術家は感性が一般人とは異なるということの表れなのか。


 そして翌朝、俺はマリンに連れられて、ガルポーレに戻ってきた。昨日の岬からこっそり上陸しようと思ったのだが、なんとあっという間に村人たちに見つかってしまった。


「いたぞー!」

「レクスさん!」


 バシャバシャと海に入り、一目散に俺のほうへと駆け寄ってくる。


「どこ行ってたんだ!」

「心配したぞ!」

「すみません。ご心配をおかけしました」

「いや、無事でよかったよ」


 村人たちは心底ホッとしたような表情を浮かべている。


「おお、レクスさん。申し訳ないのう。儂が海のモンスターを退治してほしいなど言ったばかりに」


 なんと足元が悪いというのに、村長がここまで来てくれていた。


「いえ、大丈夫です。こちらこそ、昨晩は戻れずにすみませんでした」

「いや、いいのじゃ。儂はてっきり人魚に攫われたのかと思ったわい」

「え?」


 村長の言葉に思わず目をいた。


「いやのう。昔、儂の兄が人魚に攫われてのう。それっきり帰ってこなかったのじゃ。儂が幼いころの話じゃが……」


 村長の目は潤んでいる。


「じゃが、良かった。帰ってきてくれて……」

「は、はあ」


 俺はマリンが見つからないように逃げてくれることを祈りつつ、言葉を濁した。


 だが、俺の背後にいる人魚にそんな空気など読めるはずもなかった。


「はぁ? 人魚は誘拐なんてしないんですケド?」


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 次回更新は通常どおり、2024/02/09 (金) 18:00 を予定しております。

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