第59話 セレスティアの企み

 その日の夜、セレスティアが自室のソファーでくつろいでいるとドアがノックされた。


「入りなさい」

「失礼します」


 テレーゼは静かに入室し、セレスティアの前に向かうと一枚の紙を差し出した。


「調査結果が判明しました」

「そう」


 セレスティアは無表情のままそれを受け取ると、さっと目を通した。


「ふうん、そういうこと。あの余興の奴隷は私のイヌと同じ群れにいたのね」

「はい。ロザリナお嬢様のコレクションも同様で、他にも二匹捕獲されました」

「その二匹はどこにいるの?」

「ファウスト坊ちゃまのところにもう一匹、サルヴァトーレ坊ちゃまにも一匹、ご当主様がお与えになられたようです」

「じゃあどっちももう死んでいるわね」

「はい」


 セレスティアは無表情のまま視線を手元の紙に戻す。


「この冒険者というのはなんなのかしら?」

「はい。冒険者というのは、モンスターを殺して生計を立てる下賤げせん生業なりわいです」

「じゃあ、イヌは強いの?」

「いえ。こちらをご覧ください」


 テレーゼは一枚の金属製のプレートを差し出した。


「それは?」

「イヌの冒険者カードです」

「冒険者カード?」

「個体識別票のようなものです」

「そう、これが……」


 セレスティアは冒険者カードを受け取り、じっと観察する。


「そちらに冒険者ランクがDと書かれていますね?」

「ええ」

「冒険者ランクとは、冒険者の腕前を表すものとなります。そしてDというのは、いわゆる普通のレベルです。なお、本日の余興でファウスト坊ちゃまの強化モンスターに負けたアレはイヌの群れのボスで、Cランクでした」

「つまり、アレよりも弱いってことね?」

「そのとおりです」

「……じゃあ番犬にすらならないってことかしら?」

「はい。無理でしょう」

「そう……」


 何かをセレスティアはじっと考えるように虚空を見つめる。そして突然ニタリと邪悪な笑みを浮かべた。


「テレーゼ」

「はい」

「イヌは群れのボスを失って、それで錯乱したのよね?」

「おそらくは」

「ということは、ショックを受けて心が弱っているはずよね」

「だと思われます」

「なら、そこに優しくしてあげれば、私を盲信するんじゃないかしら?」

「そうかもしれません」

「それじゃあ、ちょっと会いに行ってくるわ」

「この時間にですか?」

「そうよ。こういうのは、ショックを受けてからすぐのほうがいいでしょう?」

「……かしこまりました」

「ああ、あと、汚れてもいい服に着替えたいわね。できるだけ清楚に見える感じにして」

「かしこまりました」


 こうしてセレスティアは地下牢へ行く準備を始めるのだった。


◆◇◆


 その日の光景がフラッシュバックし、俺は食事を摂ることができなかった。


 一撃で殺されたケヴィンさんの様子が、まるで皮をがれ、彫像のように固まって動かないラニロさんの姿が目に焼き付いて離れない。


 無力感にさいなまれ、自分もすぐにそうなってしまうのではないかという恐怖に何かを考えることすらままならない。


 ……このまま、殺されるんだろうか?


「ティティ……」


 俺はもう何度目かわからないが、彼女の名を口にした。


「どうしたの?」

「え?」


 思わず顔を上げると、そこには優し気に微笑むティティの姿があった。いつもの派手なドレスではなく、清楚な感じの白いワンピースを着ていて、まるで……まるであの頃のティティのようだ。


 懐かしさと安心感が込み上げてきて、気付けば視界がにじんでいた。


「あ、う……」


 ティティに早く脱出しようと言わなきゃ!


 ……その方法もないのに、どうやって説得する?


 なんと言っていいか分からずに口ごもっていると、ティティが俺の頭を優しく抱き寄せてくれた。


「あの人たち、レイの仲間だったのよね? 助けられなくてごめんなさい」


 え? どうしてティティがそれを?


「辛かったでしょう? 私にはこうしてあげることしかできないけれど、今だけは泣いても大丈夫よ」

「う、あ、あああああ」


 俺は情けなくも、声を上げて泣いてしまった。


 そんな俺をティティはずっと優しく抱きしめてくれていたのだった。


◆◇◆


 しばらく泣いてスッキリしたところで、俺はティティの胸に顔を埋めていたことに気が付いた。俺の涙と鼻水で高そうな服はすっかり汚れてしまっている。


「あ! ご、ごめん……」

「いいのよ。すっきりした?」


 ティティはそう優しく微笑んで許してくれた。


「あのさ、ティティ」

「なあに?」

「どうして、ケヴィンさんやラウロさんはあんな目に?」


 するとティティはすっと目を細めた。


「それは、私たちがマッツィアーノで、彼らがそうでなかったからね。といっても、レイには理解できないでしょうけど」

「そんな……」

「申し訳ないけれど、まだ悪いニュースがあるわ」

「悪いニュース?」

「ええ。レイの仲間の冒険者があと二人、連れてこられたそうよ」

「えっ? そ、それは……一体誰が?」

「名前までは分からないわ。ただ、二人はファウストお兄さまとサルヴァトーレお兄さまに引き渡されていたから、もう手遅れだと思うわ」

「そん……な……」


 絶望に打ちひしがれそうになるが、すぐにハッとなった。


 ということは、あとの四人は捕まっていない?


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 次回更新は通常どおり、2024/01/14 (日) 18:00 を予定しております。

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