第40話 続くトラブル

 翌日、本格的な峠越えの道に入ったことでペースはますます遅くなり、ついにはまったく動けなくなってしまった。


 こんな状況になり、ついにケヴィンさんがラニエロさんに苦情を申し入れに行く。


「ラニエロさんよ。これはいくらなんでも無理だろう。一度戻って準備をするべきだ。このままじゃ馬がやられて大事な積荷を捨てることになるぞ」


 極めて真っ当な意見だと思うが、ラニエロさんはにべもなくそれを却下する。


「いや、ダメだ。なんとしてでも峠を越えて、トリネラに行く」

「だが、これじゃあ無理だろう。完全に馬車の車輪が埋まっちまってる。馬だって引けてないじゃないか」

「ならばあんたたちちも押してくれ」

「は? なんで護衛の俺らがそこまでやらなきゃいけねぇんだ。多少の脱輪程度ならまだしも、峠越えの区間はまだまだあるんだぞ? そんなことをしたら護衛ができねぇだろうが」

「なら雪かきをしてくれ。雪がなければ押さなくても通れるだろ」

「はあ? おいおい、ふざけるなよ。俺たちはお宅の部下じゃねぇんだぞ?」


 強面のケヴィンさんがかなり強く言っているにもかかわらず、ラニエロさんにひるむ様子はない。


「いや、やってもらうぞ。男爵様の命令書があるんだからな」

「ぐ……」

「いいのか? 男爵様に逆らえばどうなるか分かっているだろう?」

「……雪かきをすればいいんだな?」

「そういうことだ。頼んだぞ」

「ちっ」


 ケヴィンさんは舌打ちをしてから俺たちのところに戻ってきた。


「聞いてただろ。雪かきだ。馬車が通れるように道の整備だ」


 こうして俺たちはなんとも理不尽な命令により、街道の雪かきという思ってもみない仕事をすることになった。


◆◇◆


 なんとか雪かきをしながら進んでいたのだが、当然のことながらこれはあまりにも無茶な行為だった。そのおかげで大して進むこともできず、俺たちは峠道の途中で野営をする羽目になってしまった。


 もちろんケヴィンさんとグラハムさんは何度も撤退を提案していたが、そのいずれも男爵の命令書を盾に却下されてしまった。


 悔しいが、こうなってしまえば俺たちにできることはない。


 というのも、冒険者ギルドのルールによると任務を放棄していいのは、依頼人が裏切った場合に限られる。だが今回の場合、依頼人が無謀なことをしているだけであって裏切っているわけではない。だから俺たち冒険者にできることは依頼人を説得することだけなのだ。


 ここで問題となってくるのは、今回の依頼人がラニエロさんではなく領主であるコーザ男爵だということだ。


 貴族はただでさえ平民にとって絶対的な権力者なのだ。それが領主ともなればなおのことだ。


 しかもコーザ男爵は冒険者ギルドのコーザ男爵領本部の本部長でもあるわけで、とてもではないが公平な裁判など望めるはずもない。だからもし任務を放棄でもしようものなら、きっと罪人として追われる身となってしまうだろう。


 そんなわけで、無謀だとは分かっていても俺たちはラニエロさんに付き合うしかないのだ。


 はあ、まったく……。


◆◇◆


 その日の深夜、テントの中で眠っていたところをニーナさんに起こされた。防水性の布を使って作られたシンプルな三角の屋根がぼんやりと視界に映る。


「……え? ニーナ、さん? 朝ですか?」


 寝ぼけまなこをこすりつつ聞いてみるが、ニーナさんは真剣な表情で首を横に振った。


「レクスくん、テオくん、盗賊の襲撃よ。いい? 物音を立てちゃダメよ。二人はまだ体格差もあるから、ここで隠れてなさい」

「えっ?」

「そんな、俺もがっ!?」


 テオは自分も戦うと言おうとしたのだろう。だがすぐにニーナさんが口をふさいだ。


「二人にはまだ、盗賊の夜襲に対する戦い方を教えていないわ。いい? まずやるべきことはテントの中で息をひそめて、なるべく見つからないようにしてなさい。それでももしテントに盗賊が来たら、テントの入口を開けた瞬間にやるの。絶対に、外に出て戦おうなんて思っちゃダメよ。分かったわね?」


 いつになく真剣なニーナさんの表情に、俺たちはただ黙ってうなずいたのだった。


◆◇◆


 俺たちはニーナさんの言いつけを守り、剣を抜いた状態でテントの両方の入口を警戒しつつ外の音の耳を澄ましている。


 どうやらかなりの人数の盗賊が襲ってきたらしい。


 御者の人も戦っているのだろうが、それにしても外から感じられる気配があまりにも多い。あちこちで剣がぶつかり合う音や男のうめき声が聞こえてくる。


 このまま隠れていていいのだろうか?


 そんな焦りにも似た気持ちを感じるが、冷静に考えればニーナさんの言葉は正しい。まさに大人と子供なわけで、のこのこと出ていったところで足手まといになるのは確実だ。だがそのことがなんとも悔しく、もどかしい。


 そうして悶々としていると、徐々に戦いの気配が遠くなっていった。


 この感じだと、おそらく森の中での戦いになっているのだろう。


 追撃戦をしているのだろうか? それとも……。


 嫌な予感がして思わずテントの外を確認したくなったが、ぐっとこらえる。


 と、次の瞬間雪を踏みしめる足音がこちらに近付いてきた。


 ニーナさん?


「へへへ、上手くやったな」

「ああ。やっぱり冒険者どもは馬鹿だな。まさか馬車から離れるとはな」


 違う! こいつらは盗賊だ!


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 次回更新は通常どおり、2023/12/26 (火) 18:00 を予定しております

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