第33話 カミングアウト(後編)

2023/12/19 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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「まずな。俺たちは坊主が自分で望まない限り、坊主の魔法のことは絶対に秘密にする。黒狼のあぎとは家族で、坊主は俺たちの一番下の弟分だ。弟を売るようなクズは黒狼の顎にゃいねぇ」


 ケヴィンさんはそう前置きをすると、いきなり核心に切り込んできた


「で、だ。坊主、お前のあの魔法は光の魔法ってやつだよな?」

「それは……」


 俺が口ごもっていると、グラハムさんが口を話に割り込んでくる。


「レクスくん、僕は王太子殿下が使われる光の魔法をこの目で見たことがあるんだよ」

「え?」

「遠目ではあったけど、レクスくんがスノーディアを一撃で仕留めたあの魔法は王太子殿下のものとほとんど同じに見えた。違いは剣を突き立ててから光るまでの時間だけだ。レクスくんのものは少し長い」

「……」

「ただその光の色も、とても致命傷にならないような一撃でモンスターが力尽きるところも、まったく同じだった。ということは、レクスくんの使った魔法は王太子殿下のものと同じ、光の魔法だと考えるのが普通だろう」


 ここまで確信を持たれているのであれば、変に取り繕うよりも素直に認めてしまったほうが良さそうだ。


「……はい、そうです」

「じゃあ、もう一つ質問させてほしいんだ。ニーナを治したのも光の魔法なのかい?」

「え?」


 それは、一体どういうことだ? もしかして、使える魔法の種類がブラウエルデ・クロニクルとは違うということだろうか?


 ブラウエルデ・クロニクルにおいて【光属性魔法】には大きく分けて三種類の魔法が存在する。


 一つ目はHPの回復や毒などの状態異常を治療するヒールだ。


 二つ目は対モンスター専用の攻撃であるホーリーだ。


 そして三つめは術者を中心とした範囲に、一部のデバフなどを低減・無効化するフィールドを発生させるサンクチュアリだ。


 悩んでいるとケヴィンさんはすぐに話題を変える。


「グラハム、もういい。次の話に移ろう。坊主、これも答えづらければ答えなくてもいい。俺たちはそれで怒ったり、追い出したりはしねぇ。いいな?」

「はい」

「坊主、魔法が使えるってことは、お前は貴族の血を引いているはずだ。どうしてコーザなんてド田舎に一人で流れてきた? お前の両親はどうした?」

「……俺は孤児です。両親のことは知りません。顔も、名前も……」

「そうか……」

「それは厄介ですね」

「え? グラハムさん、どういうことですか?」

「いいかい? 光の魔法が使えるということは、王太子殿下と並び立てるということなんだ。となると、国中の貴族がレクスくんを養子にしようとするだろうね。レクスくんはとても使える政治の駒になるし、マッツィアーノに支払うみかじめ料をレクスくんの派遣費用として横からかっさらうこともできるからね」


 マッツィアーノ……! ティティ!


「でも、貴族の養子になればレクスくんは貴族になれる。冒険者として上を目指すよりもよほど生活は安定するはずだよ」


 ……貴族の養子か。たしかに生活は安定しそうだ。


「だがな、坊主。養子になったら、自由はすべてなくなるぜ。その家の言うことを聞いて、言われた戦場に行ってモンスターを狩り、家の指示した女と結婚させられる」


 まあ、そうなるよな。どこの馬の骨とも知れない孤児を養子にするのは利用するためだ。純粋な慈善事業であるはずがない。


「なあ、坊主。お前、何かやりたいことはあるのか?」

「……」


 もちろんある。ティティを、それにマリア先生を助けたい。殺された孤児院のみんなの仇を討ちたい。


 だが、そんなことを言えば黒狼の顎に迷惑ではないだろうか?


「レクスくん、私たちは君の味方よ。悪いようにはしないわ。絶対に秘密も守るわ」

「……はい」


 打ち明けてもいいのだろうか?


 悩んでいるとニーナさんは優しく頭を撫でてくれる。


「私たちに迷惑がかかるかもって思っているなら、気にしないで。私も、リーダーもサブリーダーも、レクスくんにとって一番いい道を探してあげたいだけなの。ね?」


 ニーナさんは優しくそう言ってくれた。


 そうか。そこまで言ってくれるのなら。


「わかりました。じゃあ……」


 俺は住んでいた孤児院が襲われて殺されかけたこと、ティティとマリア先生が攫われたこと、そしてティティはセレスティア・ディ・マッツィアーノかもしれないということを伝えた。


「そう。幼馴染の女の子が……大変だったわね」


 ニーナさんはそう言うと、再びぎゅっと抱きしめてくれた。その温もりに身を任せていると、グラハムさんが深刻そうに小さくつぶやく。


「よりにもよって、マッツィアーノの落胤らくいんですか……」

「なあ、グラハム。俺はよく分からねぇが、坊主がマッツィアーノからその女を救うにはどうすればいい?」

「そうですね。いくつか方法は考えられますが……」


 グラハムさんが俺のほうをじっと見てくる。


「その前にレクスくんに確認したい。君は、マッツィアーノ公爵家についてどこまで知っているんだい?」

「モンスターを操る家系で、この国の本当の支配者だってニーナさんから聞きました。王太子殿下の話もそのときに」

「じゃあ、マッツィアーノの一族の中にはモンスターを操る能力のある者とない者がいるのは知っているかい?」

「いえ」

「じゃあもう一つ聞くよ。レクスくんの助けたいその女の子は赤くて縦長の瞳を持っていなかったい?」

「え? どうしてそれを?」

「そうか。やはり……」


 グラハムさんは眉間のしわを深くした。


「レクスくん、いいかい? それが、マッツィアーノがその娘を連れて行った理由なんだ。赤くて縦長の瞳をマッツィアーノの瞳と呼ぶのだけれど、それこそがモンスターを操る能力を受け継いでいることの証なんだ」

「……」

「つまりね。孤児院が皆殺しにされ、焼かれたのは目撃者を消すためだよ。村に現れたモンスターも同じ理由で、きっとマッツィアーノがけしかけたんだろうね」

「どうしてそんな……」

「マッツィアーノの瞳を持つ者は、マッツィアーノ公爵家の後継者候補の一人だ。でも外に親しい知り合いがいたら、その人のところに逃げてしまう可能性があるだろう?」

「え? すみません。さっぱり意味が分からないんですが、どうしてそんなことを?」

「マッツィアーノがモンスターを操る能力を独占するためだよ」

「どういうことですか? 今までにマッツィアーノ公爵家から嫁いでいった女性とか、後継者になれなかった人とかもいるんですよね?」

「もちろんいるよ。でもね。嫁いだり独立したりできたのはマッツィアーノの瞳を持たない者だけなんだ」

「ええと……」

「理由は分からないけど、マッツィアーノの瞳を持つ子供の両親は、少なくともどちらかがマッツィアーノの瞳を持っているんだ」

「え? じゃあ、先祖にマッツィアーノの瞳を持つ人がいてもダメなんですか?」

「そう、なぜか隔世遺伝は絶対に起きない。だからマッツィアーノの瞳を持たない者がいなくなっても、モンスターを操る能力が流出することはないんだ」

「じゃあマッツィアーノの瞳を持っていたら……」

「決して外に出ることはできない。その証拠にね。代替わりしたときに後継者が真っ先にやることは、マッツィアーノの瞳を持つ同性の家族を処刑することなんだ」

「え?」

「そして異性の者は処刑されるか、子供を作る道具として生かされるかのどちらかなんだ」

「そんな……」

「だからね。残酷かもしれないけど、その娘が無事でいられるのは代替わりするまでだよ」


 ……つまりティティを助けるには、代替わりする前にマッツィアーノ公爵家をなんとかしなきゃならないってことか。


 だが、その方法はさっぱり思いつかない。王家よりも力のある相手からどうやって?


「……その表情だと、諦める気はなさそうだね」

「はい」


 当たり前だ。このまま行けばティティが不幸になる可能性が高いのだ。それを放っておくなんて、できるはずがないじゃないか!


「わかったよ。でもその前に」


 グラハムさんはそこで言葉を切って一呼吸置き、ケヴィンさんのほうへと視線を向ける。


「マッツィアーノと事を構えるとなると一大事です。なので当面の間、このことはこの四人だけの秘密です。いいですね?」

「分かりました。誰にも言いません」

「ああ、もちろんだ」

「ええ」


 ケヴィンさんもニーナさんも二つ返事で了承してくれた。


「では、話を戻そうか。僕が考える限り、その娘が助かる道は三つある」


 グラハムさんは再び俺のほうを見てくるのだった。


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 次回更新は通常どおり、2023/12/19 (火) 18:00 を予定しております。

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