第29話 吹雪の中の訪問者

 季節外れの吹雪で足止めされ、三度目の朝を迎えた。


 積雪はゆうに一メートルを超えているだろうか?


 俺の生まれ育ったボアゾ村もここと同じように山の中にあったわけだが、それでも積雪はせいぜい膝くらいまでだったので、この積雪ははっきり言っておかしい。


 そんな異常気象の中、俺たちは天気が回復するのを待っているわけだが、一つ問題が発生している。


 それは薪が不足し始めているということだ。


 この寒さなので、どうしても火を絶やすわけにはいかない。だから常に薪を燃やし続けていることに加え、常に視界が悪い状況が続いているせいで薪を拾いに行くことすらできていないのだ。


 様々な状況に慣れている黒狼のあぎとといえども、ここまでのことは想定外だったようだ。その証拠に、いつも冷静なあのグラハムさんが珍しく深刻そうな表情をしている。


「まずいですね。このままでは……」

「やっぱ拾いに行くか?」

「ケヴィン、この雪でもうすべて埋まっているでしょう」

「なら生木を燃やすか?」

「……そうですね。仕方ありません」

「ようし。ならいっちょ、行くか。おい、一緒に来たいやつはいるか?」

「リーダー、私行きたいです。ちょっと体を動かしたいですし」

「なら俺も行きます!」


 ニーナさんが立候補したのを見て、テオもすかさず立候補した。


「ようし。なら俺とニーナとテオの三人で行ってくる。お前らはここで留守番だ」


 こうしてケヴィンさんたちは近くの木の枝を刈りに、一メートルほどの雪壁を登ってベースキャンプを出発した。


 だが次の瞬間、ケヴィンさんの怒号とニーナさんの悲鳴が同時に聞こえてくる。


「おい! テオ! 待て!」

「だめぇぇぇぇ!」


 それから一瞬遅れて雪壁の向こうからテオの体が飛んできて、俺たちのテントの上に落下した。テントはその衝撃で潰れてしまう。


「テオ!」


 俺は慌ててテオに駆け寄った。テオの体はテントが受け止めてくれたが、腹部に大きな穴が空いており、大量の血がドクドクと流れ出ている。しかも最悪なことにテオは鋭利な刃物で刺されたのではないようで、傷口がぐちゃぐちゃになっている。


 これは……致命傷じゃないのか!?


 あまりの事態に唖然としていると、グラハムさんの声が背後から聞こえてくる。


「どうしました!」

「スノーディアだ!」

「なっ!?」


 ケヴィンさんが怒鳴るように答えると、グラハムさんは絶句した。


 スノーディアだって!?


 この世界でその名前を聞くのは初めてだが、ブラウエルデ・クロニクルのスノーディアなら知っている。


 スノーディアはその名のとおり、鹿のボスモンスターだ。サービス一年目の冬イベントに登場し、平原フィールドに五匹の群れで出現し、出現と同時にフィールドを雪原に変化させる。


 雪原フィールドになると、当時としては回避不能な素早さ低下のデバフが全プレイヤーにかかる。スノーディアはそんな雪原フィールドを素早く駆け回り、遠距離から吹雪で範囲攻撃をしてきた。しかもその吹雪がとてつもなく厄介で、ダメージを受けたプレイヤーはドットダメージ を受け、さらにそのドットダメージを一定時間受け続けることで追加のデバフを受け、素早さ、攻撃力、守備力のすべてが低下してしまうのだ。


 そうして弱ったプレイヤーに高速で突進し、角で強力な物理攻撃をしてくるというなんとも鬼畜なボスだったのだ。


 それはさておき、状況から推測するとテオのこの傷はきっとスノーディアに角で刺されたのだろう。


「テオくんの容体は?」


 アルバーノさんが駆け寄ってくる。


「それが……」

「っ!? これは……」

「どうにか助けられませんか?」

「きちんとした病院があればなんとかなるかもしれないが……」


 アルバーノさんはそう言って首を横に振った。


「そんな!」


 テオの様子を確認するが、そうしている間もみるみる顔から血の気が引いていく。


「レクスくん、テオくんは自分で冒険者の道を選んだんだ。こういう結末だって覚悟していたはずだよ。それよりも今は生き延びることを考えなさい」


 アルバーノさんはそう言って俺の肩をポンと叩き、そのままケヴィンさんたちの援軍に向かった。


 ……俺は!


 目の前で血の気を失っていくテオの姿が孤児院で殺されたみんなの姿と重なり、胸が張り裂けそうになる。


 このままでいいのか?


 テオは最初こそウザ絡みしてきたが、今となっては仲のいい友達だ。孤児院のみんなのようにテオまで失うことなんて、考えたくもない。


 それにあのときとは違って助ける力があるじゃないか!


 いや、だがもしこの力がバレればこのままではいられないだろう。下手をすると自由を奪われ、ティティを助けるどころの話ではなくなってしまうかもしれない。


 だが……。


 いや、そうだ。このまま見捨てるなんて、できるわけがない! 絶対後悔するに決まってる!


 俺はすぐさま体の中の魔力を練り上げ、テオの傷口を手のひらでそっと押さえた。そして傷が治るように念じながらそれを流しこんでヒールを発動する。


 すると傷口はみるみる塞がっていき、一分ほどですっかり綺麗に塞がった。


 よし! 成功だ!


 血を失ったせいかまだ顔色は悪いが、命の危険は脱したはずだ。


 後はしっかり体を温めてやればいずれ回復してくれるだろう。


 そう考えてテオをたき火のところまで運ぼうとしたのだが、重くてとてもではないが運べそうにない。


 ああ、そういえば気絶した人間の体は重いと聞いたことがあるが、こういうことか。


 そもそもテオの体重は自分とそう変わらないのだから、そう簡単に運べるわけがない。


 であれば仕方ない。


 俺は潰れたテントに潜り込み、中から毛布を引っ張り出してテオの上に被せてやった。


 よし、これで俺にできることはすべてやった。あとは大人たちに任せればいい。


 そう考え、ケヴィンさんたちの様子を確認しようと顔を上げたそのときだった。


「ブフー」


 背後からとても人間とは思えない何かの息遣いが聞こえてきたではないか!


 ……まさか!?


================

※ゲームにおいて、一定時間ごとに相手のHPを削り続けるようなダメージのこと。


 次回更新は通常どおり、2023/12/15 (金) 18:00 を予定しております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る