第27話 ワイルドボア

 西の空が茜色に染まり始めたころ、ねぐらの主であるワイルドボアが戻ってきた。俺たちの存在に気付いていないようで、のっしのっしと歩いている。


「でけぇ……」


 テオが思わずといった感じでぼそりとそうつぶやいたが、俺もまったく同感だ。巨大な岩が動いているとでも表現したくなる迫力で、あんな巨大なイノシシが突進してきたらと思うとゾッとする。


 だがケヴィンさんたちは慣れたもので、特に驚いた様子もなくワイルドボアがねぐらに向かって歩いていくのを見守っている。やがてワイルドボアはねぐらに座り込み、そのまま動かなくなった。


 その様子をしばらく見守っていたが、ワイルドボアが動き出す様子はない。きっと俺たちに気付かず、熟睡しているのだろう。


 するとそれをチャンスと見たのか、ケヴィンさんが小声で命令を出す。


「よし、行くぞ。配置につけ」


 ケヴィンさんの指示に黒狼のあぎとのメンバーたちは小さくうなずくと、音をほとんど立てずに持ち場へと散っていった。


 それからしばらくすると、重そうな斧を持ったケヴィンさんとラウロさんが音を立てないようにしながらゆっくりとワイルドボアに近付いていく。


 やがて気付かれずにワイルドボアに接近した二人は斧を大きく振りかぶり、ケヴィンさんは前脚に、ラウロさんは後ろ脚に向けて思い切り叩きつけた。


 ぐしゃっという鈍い音と共にワイルドボアの血が飛び散り――


「ギュエエエエエ」


 ワイルドボアがものすごい叫び声を上げながら立ち上がった。


 一方のケヴィンさんとラウロさんはすでに斧を手放し、俺たちから見て右のほうへと駆け出している。ワイルドボアは逃げる二人を確認するなり、ものすごい速さで追いかけ始めた。


 速い!


 斧による攻撃を受けているにもかかわらず、みるみるうちに二人との距離が詰まっていく。


 まずい! 追いつかれる!


 そう思った瞬間、二人は急に進路を変えて左右に飛び退いた。


 ワイルドボアはその動きに対応できず、つんのめるように転んでようやく止まった。ワイルドボアはお腹を上にした状態で転んでおり、バタバタと足を動かしている。


 そこへ隠れていたグラハムさんとダニロさんが近寄り、グラハムさんは後ろ脚へ、ダニロさんは前脚へと輪っかになったロープを通した。すぐにロープはピンと張られ、ワイルドボアの動きを封じる。


「ギュイイイイイ! ブギュウウウウウ!」


 ワイルドボアはなんとか動こうと暴れるが、ピンと張られたロープを引きちぎることができない。そこへリカルドさんが近付き、至近距離から無防備なお腹に向けて矢を放った。


 あれほどの至近距離でリカルドさんが矢を外すことなどあり得ない。


 ワイルドボアはその後も苦しそうに叫び声を上げていたが徐々に弱っていき、やがて動かなくなった。


 すごい……! 見事な連携だ!


「ようし! よくやった! 坊主! テオ! 出てこい。解体するぞ!」

「「はい」」


 こうして黒狼の顎はワイルドボアを仕留めることに成功したのだった。


◆◇◆


 ワイルドボアを解体し、魔石と毛皮を手に入れた俺たちはベースキャンプへと戻ってきた。


 すでにあたりはすっかり暗くなっており、気付けばちらちらと小雪が舞っている。


「雪か……。やべぇな。おい、火を」

「はい」


 俺はすぐさま松明の明かりを頼りに石組みのかまどの中で薪を組み、火を近付けた。


 するとまずは枯れ葉と枯れ草に燃え移り、一気に燃え上がった。火はすぐに細い枝へと移り、やがて一番下にぴっちり並べて敷いたメインの太い薪に火がついた。


 するとニーナさんが声を掛けてきた。


「レクスくん、着火にも慣れてきたね~」

「はい。おかげさまで」


 というのも、黒狼の顎のこういった雑用はすべて俺とテオが担っているのだ。地味な下働きではあるが、こういった技術は冒険者として生きていくのであれば絶対に必要になる。


 もちろん前に出て戦って、早くランクを上げたいとは思う。だが、俺はまだ魔法が使えることを打ち明けられていない。だから黒狼の顎の皆さんからすれば俺はただの十歳の少年で、黒狼の顎は十歳の少年にみすみす命を落としかねない危険なことをさせることはしない。


 それにスカウトしてくれたということは、きっと俺のことを買ってくれているのだろうからなおさらだ。


 ……ああ、そうか。こう思えるってことは、俺も黒狼の顎の皆さんのことを信用しているのだろう。


 なら、そろそろ打ち明けてもいいだろうか?


 そんなことを考えていると、後ろからアルバーノさんに声を掛けられる。


「おーい、レクスくん。そこをどいてくれるかい?」

「え? あ、はい。すみません」


 俺は慌てて立ち上がり、道を譲った。するとアルバーノさんは水の張った鍋を火にかけ、手際よく干し肉を投入する。


「アルバーノさん、手伝いは……」

「ああ、今日はいいよ。この時間だし、手間を掛けずに作っちゃうから」

「はい」

「じゃあレクスくん、邪魔にならないようにあっちに行ってよっか」

「はい」


 こうして俺はアルバーノさんに料理を任せ、テオがおこしたもう一つのたき火のほうへと向かうのだった。


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 次回更新は通常どおり、2023/12/13 (水) 18:00 を予定しております。

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