ドン底から始まる下剋上~悪魔堕ちして死亡する幼馴染を救うためにゲームの知識で成り上がります~

一色孝太郎

第1話 奪われた日常と前世の記憶

2023/12/03 誤字を修正しました

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 俺の名前はレクス。十歳だ。ボアゾ村の外れにある教会の孤児院で暮らしている。赤ちゃんのときに捨てられていたそうで、実の両親のことはよく知らない。


 今はちょうど毎朝の日課であるお祈りを終えたところだ。


「はい。それじゃあみんな、お掃除をしましょうね」

「「「「はーい」」」」

「レイくん、掃き掃除お願いね」

「はい」


 マリア先生にお願いされ、俺はダッシュで礼拝堂の隅に立てかけてあったほうきを取りに行く。マリア先生はこの教会と孤児院を一人で切り盛りしているシスターで、俺たちの母親のような存在だ。


 しかもマリア先生は金髪に青い瞳のものすごい美人なのだ。それに物知りで優しくて、みんな口にこそしないが自慢の先生だ。


「レイ! あたしも」


 そう言ってティティが箒のところに駆け寄ってきた。ティティは俺と同い年で、マリア先生の一人娘だ。


 このティティというのは愛称で、本当の名前はセレスティアという。だが俺たちは家族のような仲なので愛称と呼んでおり、ティティも俺のことをレイという愛称で呼んでいる。


「レイはあっちね」


 ティティは俺よりも少し背が高いことに加え、誕生日が四か月ほど早いことからお姉さんぶってよくこうやって指示を出してくる。だがティティは怖がりで泣き虫で、裏山に遊び行くときなんかはいつも俺にくっついてきているので、俺としては守ってあげるべき女の子だ。


「うん。わかった」


 俺たちは左右に分かれ、礼拝堂の履き掃除を始める。


 ふとティティのほうを見ると、ティティと目が合った。するとティティは嬉しそうに微笑みかけてくる。


 何が嬉しいんだか……といっても、俺もそれにつられて笑顔になってしまうので人のことは言えないのだが。


「レイ~、早くやらないとお母さんに怒られちゃうよ」

「うん」


 手を止めずに掃除を続けていたティティに言われ、俺は慌てて掃除を再開する。


 しまった。カッコ悪いところを見せてしまった。


 だが、ティティに微笑まれて手が止まるのは仕方がないと思う。だって、ティティはものすごく可愛いのだから。


 俺が思うに、ティティはこの村で一番可愛い。マリア先生譲りの金髪はすごく綺麗だし、目もパッチリしていて、鼻筋も整っている。しかも赤くて縦長の瞳をしていて、じっと見つめられるとドキドキしてこそばゆくて、なんだか不思議な気分になるのだが、俺はその瞳が大好きだ。


 そんなティティの瞳を気持ち悪いなどと言う村人たちも多いが、正直見る目がないと思う。

 

 だって、孤児院の仕事のお手伝いだって率先してやっているし、小さい子の面倒だってよく見ている。おかげで小さい子たちもティティによく懐いているし、そんな優しいティティがちょっと瞳が他人と違うだけで気持ち悪いだなんて、おかしいと思わないか?


 ティティのいいところだったらもっと言えるぞ。


 ティティはものすごく頭が良くて、マリア先生にちょっと教えてもらうとあっという間に覚えてしまう。しかもどういうわけか、教えてもらっていないことまで理解してしまうことだってよくあるのだ。


 多分だけど、ティティは天才なんじゃないかと思っている。村の人たちは女が頭がいいなんて良くないって言っているけど、それっておかしくないか?


 だって、ほとんどの村の人たちは読み書きも計算もできないのに、マリア先生は俺たちに教えられるくらいに頭がいいんだ。だからきっと村の人たちはマリア先生が羨ましくてそんなおかしなことを言っているんだと思う。


 大体あいつらは……って、あれ? なんの話だっけ?


 ああ、そうだ。ティティの話だ。


 それにティティは、その、ちょっと恥ずかしいのだが、よく俺のお嫁さんになると言ってくれているんだ。

 

 だから俺は怖がりで泣き虫のティティが笑って暮らせるようにしてあげるため、モンスターをやっつける冒険者になろうと思っている。


 というのもこの村には冒険者がいないのだ。だからモンスターが現れると町に行き、冒険者を呼んで退治してもらっているのだ。もちろんその間に犠牲者だって出てしまう。


 それならば俺がモンスターをやっつける冒険者になり、村を守ればいいと思うのだ。


 それにSランク冒険者になれば孤児の俺でも貴族になれると聞いたことがある。ということは、俺がそうなればティティにもマリア先生にもいい暮らしをさせてあげられるんじゃないだろうか?。


「ねえ、レイ。ちゃんとお掃除しないと終わらないよ?」

「あっ! うん。ごめんごめん」


 ティティに言われ、俺は慌てて掃除を再開する。


 そうして礼拝堂の掃除が終わったころ、突然扉が開かれてお揃いの立派な黒い服を着た五人組の男がやってきた。そいつらはなぜか剣を持っており、何やら危険な雰囲気を漂わせている。

 

「あー、ここか。随分とボロい教会だな」

「リーダー、さっさと終わらせましょう」

「ああ」


 そんな会話をしながら男たちはぐるりと礼拝堂を見回し、ティティを見てニヤリと笑った。


「おっ! いたいた」


 リーダーと呼ばれた男はずかずかとティティに歩み寄る。


「さあて、お嬢様。一緒に来ていただきますよ」

「えっ?」


 ティティが不安そうに男を見上げ、ゆっくりと後ずさる。


「やめろ! いきなり何をするんだ!」


 俺はかばおうとティティの前に出る。


「あ? うるせえガキだな」


 と、次の瞬間、俺の左の脇腹に激痛が走る。


「え?」


 思わず視線を下げると、なんと自分の脇腹にナイフが突き刺さっていた!


「あああああああ」


 あまりの痛みにうずくまると、今度は顔面を思い切り蹴とばされた。目の前に火花が散り、気付けば俺は礼拝堂の壁にもたれかかっていた。


「レイ! レイ! いやぁぁぁぁぁぁ!」


 いつの間にか泣き叫ぶティティをリーダーの男が抱えていた。ここの掃除をしていたみんなはパニックになって泣き叫び、我先にと礼拝堂から逃げ出そうとしている。


 だが男たちがそんなみんなを次々と斬りつけていったではないか!


「みんな! どうした……ひっ!?」

「お母さん! 助けてぇ」


 悲鳴を聞きつけ、大慌てで戻ってきたマリア先生は絶句したが、ティティの声ですぐに正気を取り戻し、殺人鬼たちに毅然と抗議する。


「なんということを! その子を……娘を離しなさい!」


 しかし殺人鬼たちはそんなマリア先生の抗議もどこ吹く風といった様子だ。


「ああ、あんたがそうか。ならあんたも一緒に来てもらうぜ」

「だ、誰があなたたちのような男と! 娘を離しなさい!」

「ああ? 俺たちはマッツィアーノ公爵の依頼でこのお嬢様とあんたを回収に来たんだ。あんたならこの意味、わかるよな?」


 その言葉にマリア先生は息を呑み、そしてわなわなと震えだした。


「ど、どうして今さら……」

「さあな。俺らは命令に従ってるだけだ。おら、早くしろ。そうじゃねえと他のガキどもも処分するぞ」

「あ……や、やめなさい!」

「あ?」

「お、お願いします。従います。従いますからどうかこれ以上子供たちを……」

「そうだ。分かればいいんだ」

「い、いやぁ! お母さん! レイ! レイー!」


 泣き叫ぶティティを男が抱えて連れて行き、その声が遠くなっていく。それと同時に俺の視界もぼやけていき……。


「ごめんなさい」


 聞こえるはずのないマリア先生の悲痛な声がなぜかはっきりと聞こえた直後、俺は意識を手放したのだった。


◆◇◆


 気付けば俺はうだるような暑さの中、コンクリートジャングルを歩いていた。


 ここは一体……? いや、違う。俺はこの景色を知っている。ここは大学にほど近いこの繁華街で、ここはいつも通学路だ。


 俺はたしか、前期の試験が終わって夏休みになって……そうだ! いつもプレイしているブラウエルデ・クロニクルというVR対応MMORPGをプレイしようと帰りを急いでいたんだ。


「おい! 上! 避けろ!」


 正面から歩いてくるスーツ姿の男性が突然大声を上げ、上を指さした。


 ああ、そうだ。そういえばそんなことが……。


 そんなことをぼんやりと考えていると、上を向こうと思ったわけでもないのに視界が強制的に上を向いた。


 すると上からはヨレヨレの制服を着た太った女が俺に向かってものすごい速さで落ちてきている。


 俺は慌てて避けようとするが体は上手く動いてくれず、女の頭が俺の頭に直撃し……。


「ううっ!?」


 思わず頭を押さえそうになったが、脇腹からのものすごい激痛に思わず脇腹を押さえた。べっとりとした生暖かい感触がある。


 ……目を開けると、そこは見慣れた礼拝堂だった。


 だがいつもと違う光景が二つある。一つはあちこちから火の手が上がっていること、そしてもう一つはみんなが血だまりの中に倒れていることだ。


 あまりに悲惨で信じられない光景に、思わず食べた朝食を戻してしまった。すると脇腹の痛みがより激しくなり、これが夢でないことをこれでもかと伝えてくる。


 こんなことが……これが、夢だったらいいのに。


 そんなことを思い、苦しみから目をそらそうと先ほどの不思議な夢について考えてみる。


 ……夢?


 いや、違う。俺は大学生だったはずだ。細かいことは思い出せないが、授業の内容も、ブラウエルデ・クロニクルだってしっかり覚えている。


 どういうことだ?


 俺はボアゾ村のレクスだ。俺の体は見慣れたものだし、意識だって俺のままだ。そもそもブラウエルデ・クロニクルなんて……ん?


 デジャヴ、とでも言えばいいのだろうか?


 妙な感覚に襲われ、その正体が何なのかを必死に考える。


 その際も脇腹からは痛みが伝わり、理不尽な現実にどうしようもない怒りが込み上げてくる。


 あいつさえ、あいつらさえ来なければ……!


 ん? そういえばあいつ、マッツィアーノ公爵とか言ってたな。


 セレスティア? マッツィアーノ?


 そうか! セレスティア・ディ・マッツィアーノだ!


 セレスティア・ディ・マッツィアーノというのはブラウエルデ・クロニクルで開催された原作小説コラボイベント『嘆きの悪役令嬢セレスティア』に登場した原作小説のラスボスじゃないか!


 そのイベントは、亡霊として蘇ったセレスティア・ディ・マッツィアーノを倒し、昇天させるというものだ。


 イベントで最初に登場したときの彼女は悪魔が亡霊となったようなおどろおどろしい姿だった。だが彼女が最後に昇天するときの姿は、その瞳を除いて若いころのマリア先生といった感じだった。


 生憎原作小説を読んでいないので詳しくは知らないが、そのイベントでの説明によると彼女は異母兄の一人に実験台にされて悪魔となり、理性を失って世界を滅ぼそうとしたそうだ。


 ……これは単に死にかけた俺が妄想しただけだろうか?


 いや、そうは思えない。ここがブラウエルデ・クロニクルの原作小説の世界だと考えたほうがしっくりくる。


 俺の脳裏にイベントで登場したおどろおどろしい姿のセレスティア・ディ・マッツィアーノの姿が浮かび、続いて先ほど泣きながら俺の名を呼んでいたティティの姿が浮かぶ。


 そうだ。俺は、こんなところでは死ねない。ティティを、あんな姿になんかさせてたまるか!


俺は絶対! ティティを、マリア先生をマッツィアーノの連中の手から助けるんだ!


◆◇◆


 一方その頃、とある田舎の村で一人の少女が子供同士で遊んでいる最中に謝って川に転落した。村一番の美少女と評されていた彼女は周囲の村人たちの必死の救助活動によってなんとか助けられたものの、そのまま意識が戻らずに自宅のベッドで寝かされていた。


 そして三日が経過してもう目を覚まさないのではないかと村中が絶望に包まれかけたその日の深夜、彼女はひょっこりと目を覚ました。


「あれ? ここは……あたし……リーサだったわね。あれ? でも高校……あ! そっか! わかった! あのネットで見つけた転生の儀式、成功したのね」


 リーサは嬉しそうにそんな独り言をぶつぶつとつぶやいている。


「ってことは、ここはあたしの大好きな乙女ゲーム『ブラウエルデの君』の世界で、あたしはヒロインになったのよね! やった!」


 リーサはそんなことを口走る。


「あれ? でも飛び降りたときに下にいた誰かにぶつかったような気がするけど……うん。ごめんね。でも別の世界にきちゃったからどうしようもないし、あたしは聖女としてこの世界を救うからそれで許して」


 リーサはあっけらかんとした様子で、そう独り言を言いながら謝る。


「んー、あたしは今十歳よね。ということは、あと五~六年くらいこのまま暮らしてればいいってことね。相手役は誰がいいかしら? やっぱり王道の王子様? それとも逆ハーいっちゃう?」


 リーサはその幼い外見には似つかわしくない、だらしない笑みを浮かべた。


「ううん。ダメね。やっぱり逆ハーは転生ヒロインの失敗の道だもん。それにきちんとシナリオどおりに悪役令嬢セレスティアを倒さなくっちゃいけないし……」


 リーサはそう言って決意したような表情を浮かべ、ゆっくりとベッドから起き上がる。


「あいたたた。なんだか体、固まっちゃったわ。おかあさーん!」


 するとドダドタという足音が聞こえてきたかと思うとものすごい勢いで扉が開かれ、彼女の両親が飛び込んできた。


「ああ! リーサ! 良かった!」


 彼らは目に涙を浮かべ、リーサに抱きつくのだった。

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