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 度重なる暴力事件を起こしたとして俺に下した停学処分。その実学校側としては俺の部活動の謹慎が目的だったそうだ。夏休み中の停学なんて意味無いしな。暴力起こす問題児を外に出さない為の措置とも言える。

 だから謹慎が解けても夏の間の試合に出場することを学校が許可しない……なんて意地悪をしてくることは、少し予想していた。府大会も地区総体も見送りさせられるかもしれない。

 だが全国大会となれば、話は別だったのだろう。我が校から全国大会出場を決めた生徒が出たことは、学校側としては良い宣伝になるだろうと。

 恐らくだが学校の良い宣伝として俺を利用しようってことで、処分はそこそこに止めて、俺に全国大会で存分に活躍してもらおうと、大人どもの下心ありあり魂胆があっての、こういう展開になったんだと思う。


 まあ事情はどうあれ、俺に全国一を決める舞台で走る機会を与えてくれたのはありがたい、全国を存分に堪能させてもらおう!


 謹慎中は一人で広い公園まで行って個人練習して過ごした。謹慎が解けた後学校に行って部活動に参加したのだが、案の定みんなからは避けられた。同期たちからも無視はされなかったが、どこかぎこちなさは隠せてなかった。

 一学期の間賑わっていた個人での専門練習も、前周回と同じ閑古鳥が鳴く状態に戻った。


 「松山先輩、今の60m7秒ちょうどでした!」

 「おー。さんきゅ」


 「先輩!この後スタブロ練やるなら、私のスタート見てもらっていいですか?」

 「かまへんよ」


 あーでも。今回は前周回と比べて、騒動起こした後の俺についてきた後輩がちょろっといたな。主に1年の女子が。男子もリレーメンバーに選ばれた子らが、走り込みに同行してたな。

 この頃の1年は男女とも豊作だったな。やる気があって、先輩から盗める技術をとことん盗みにきてる。そういう奴らは俺けっこう好きだし、追い返すことなく好きに同行させて、時にはアドバイスもしてやった。

 だが日高よ、事あるごとに猥談かけてくるのはやめれ。男子すら引くレベルのは特にな。


 そうして部活動にて全国に向けた練習と調整をして過ごし、8月半ば…全国大会の日がきた。開催地は鳥取県の布施。自分のレースの前々日に学校が手配したバスに乗せてもらい、現地のホテルに泊まった。

 翌日の全国大会1日目は自分の試合は無いため、サブトラックで前日練習と競技観戦して過ごした。すげー、中学生が400mを49秒台で走ってる。あいつらも200m出たら22秒台なんだろうなー。


 そして2日目、いよいよ俺が全国で走る時がきた!通信大会や府大会と同じ、予選・準決・決勝と、上位選手は全3本ものレースをこの1日で走ることになる。真夏の炎天下の中でレース3本、言うまでもなく過酷だ。ハードだ。ガチキツい。そんなしんどいラウンド戦を走りきるだけでも俺は凄いと思うし、しかも優勝する奴なんかは真の強者だ。加えて自己ベスト更新までしたらもう最強だよそいつ。


 予選レースは午前10時から行われる。なので朝は5時頃に起床し朝飯をしっかり食って、8時過ぎからサブトラックでウォームアップして、ダッシュもして、仕上げていく。200mでは大阪からは俺以外にも5人全国に出場する奴がいた。府大会優勝者、準優勝、3位の選手、他俺と同じ標準記録突破しただけの選手。大阪勢は合わせて6人となる。都道府県別で見たら多い方だ。俺含めてこの中から決勝まで行ける奴が出たらいいね~。


 アップで体の調子を仕上げてから30分後、200mのスタート地点となる曲走路のはじまり箇所に俺は立つ。手足を軽く動かしながら号令を待つ。一緒に走る選手の顔ぶれを見る……まさか予選でいきなり、将来100m9秒台の選手と当たるとはな……。よーく知ってる奴だ。まあ俺が一方的に知ってるだけで、あっちは俺のこと全く知らないだろう。2013年以降、陸上の大きな大会でテレビにこの男が映らなかったことは、ほとんど無かったと言っていい。

 滋賀の彦根南中…柳生。彼は後に日本陸上の歴史を大きく動かす男となるのだが、それは今は関係無いことだ。

 そんな凄い奴の胸を借りるつもり……は、一切無いね!凄いといっても今は同じ中学生同士、いちおうは対等な対戦相手。俺は勝つつもりで走るね!!


 「位置について」の号令がかかり、スタート前のお決まりのルーチンを入れて白線内側に手をついてクラウチングの姿勢に。「用意」で腰を高く上げ、号砲を耳にした瞬間左足を蹴って前に出し、しっかり地面を押す。右足、左足、右、左……よし。直線的なスタートダッシュ区間はここまで、さあ前傾姿勢のままカーブ走だ。水濠が視界に入ったところで前傾を解いて、スピードを上げる。

 とここで、俺の外側を走る柳生に既に10m以上離されてることに気付く。ひゃ~速いなホント。そんなお前とここで一緒に走れること、俺にとって貴重な財産となるだろうよ!

 だけどあともう少しだけ、お前に追いつきたい。少しでも爪痕を残してやるんだ……!

 そう思って気持ちを高ぶらせた瞬間、いつもより体が動き、勝手にスピードが上がった。無理せずにこんなに加速出来たのは初めてだ……っと今はレース中だ。直線に差し掛かるところでピッチを速め、階段を一段ずつ駆け上がる感じで刻んで走る。そして腕振りのリズムを上げて、完成だ。後はこの走りとスピードをゴールまでもっていくだけ…!

 お……柳生との差が縮まった気がする。だんだん近づいてきてる!あーでも……先にこっちの体力がもたなくなってきたな……。てか柳生の奴、明らかに腕振り緩めてるし、横見ながら走ってる。1着確信して足も緩めて……そのままゴールに先着した。そのすぐ後に俺もゴール……どうやら2着のようだ。

 タイムは……おー、22秒80。自己ベストは更新した。けど安心はまだ早い。この種目次の準決勝に進む条件は組1着をとることと、2着以下の中でタイム上位12番内に入ること。なので俺はその12番内に入らないといけない。

 全組が走り終えて集計が終えるまで、気は休まらない。祈る思いで俺は最後の組を見届けて、集計結果の速報を待った。

 

 そして、12人中11番目に俺の名前が出てきたのを確認した時、俺は人目憚らず大きな声を上げた。

 本当に、人生をやり直すことが出来てよかった。俺に人生をやり直す機会を与えてくれたこと、そうしてくれた誰かには感謝の想いしか出てこない。この周回…俺に全国で走る機会を与え、レースまで色々手配し支援してくれた田中先生、仕事を休んで同じく俺のサポートしてくれた母にも感謝だ。


 久しく忘れていた……陸上競技は個人種目であってその実、団体競技でもあるってこと。いや、陸上に限らずどのスポーツでも言えるかもしれないな……色んな人たちの支えがあってこそ選手はよりベストパフォーマンスを発揮しやすくなるんだって。


 この周回今日この大会で、俺はそのことを少しは分かった気がした。



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