ミラベルとナゼールの大出世

 ラファエルとサラが暗躍していることなどつゆ知らず、ミラベルとナゼールはそれぞれ香水の調香、紡績機の改良に勤しんでいた。

 そんなある日の技術室にて。

「ミラベル嬢、妹のアンナに貴女が調香中の香水の話をしました。アンナもミラベル嬢の香水にとても興味を持っています」

 ナゼールは紡績機改良の休憩中、そうミラベルに微笑みかけた。

「まあ、それは嬉しいですわ。ありがとうございます、ナゼール様」

 ミラベルは嬉しそうにグレーの目を細めた。

「いえ、この件に関しては僕は特に何もしていませんよ。それで、もしよろしければモンカルム家の王都の屋敷タウンハウスにミラベル嬢をご招待したいのです。社交シーズンではありませんが、父上と母上もおりますので、その……ミラベル嬢のことを紹介したいのです。その……」

 ナゼールはそこで頬を染めて黙り込む。

 二人の間に少しの間沈黙が流れる。

「その、僕はミラベル嬢との将来のことを……本気で考えているので。僕はミラベル嬢が……好きなので、貴女には、僕の婚約者になっていただきたいです」

 緊張してはいるが、ナゼールのヘーゼルの目は、しっかりとミラベルのムーンストーンの目を見ていた。

 ミラベルは頬を赤く染めて微笑む。

「……嬉しいです、ナゼール様。……わたくしも、ナゼール様のことをお慕いしております。是非、よろしくお願いします」

 ミラベルはそっとナゼールに手を差し出す。それを優しく握るナゼール。二人の間には、甘く初々しい空気が漂っていた。

 その時、技術室の扉がノックされる。

 ミラベルとナゼールはハッと手を離し扉を見ると、驚くべき人物が入って来た。


 月の光に染まったようなプラチナブロンドの真っ直ぐ伸びた髪、アメジストのような紫の目。これはナルフェック王国の王族の特徴である。そして年老いてもピンと伸びた背筋、年相応の皺があるがそれでも彫刻のように美しい顔立ちの女性。


「「じょ、女大公閣下!!」」

 この国の前女王でラ・レーヌ学園の理事長を務めるルナがやって来たのだ。

 まさかの人物に、ミラベルもナゼールも目が零れ落ちそうなくらい大きく見開いている。

「お取り込み中申し訳ないですわ。一段落着いたところを見計らったのですが」

 ルナは悪戯っぽく微笑む。先程のミラベルとナゼールのやり取りを見ていたようだ。ナゼールとミラベルはカーッと顔が赤くなる。しかし、すぐにカーテシーやボウ・アンド・スクレープで礼をろうとするが、ルナに止められてしまう。

「堅苦しくならないでください。ここは学園で、正式な社交の場ではありませんわ」

 華やかで澄んでいて、かつ厳かではあるが柔らかい声だ。

 そうは言われたものの、ミラベルとナゼールはどうしたらいいか少し困っていた。

「貴方はモンカルム侯爵家のナゼールですわね」

 ナゼールを見て微笑むルナ。

「ど、どうしてそれをご存知で?」

 ナゼールはヘーゼルの目を見開いて驚いていた。

「外務卿であるマリアンヌの息子ですもの。それに、サラからも貴方のことは聞いておりました。もちろん、セルジュの娘である、ルテル伯爵家のミラベルのことも」

 ルナは品よく微笑む。

「なるほど……」

 ナゼールは納得したようだ。

(そういえば、サラ様は女大公閣下とお知り合いだっだわね)

 ミラベルの方も、サラから聞いた話を思い出し、納得していた。

「ミラベル、セルジュが開発している寒さに強い小麦の様子はいかがでしょうか? 以前のお話から推測すると、年が明けるまでには完成するかと思いますが」

 ルナはミラベルに視線を向ける。君主として国を発展させた経験からか、ルナのアメジストの目は何でも見通せそうである。

「はい、女大公閣下の仰る通りでございます」

 ミラベルは緊張で少し声が震えていたが、しっかりと答えた。

「安心いたしましたわ」

 ルナは品よくアメジストの目を細めた。そして、ナゼールが改良している紡績機に目を向ける。

「ナゼール、貴方がこれを改良しておりますのね」

 ルナは紡績機をじっくりと見る。

「……はい。僭越ながらこの僕が、電池で動くように改良しております。この調子でしたら、恐らく一ヶ月以内には完成します」

 ナゼールは少し震える拳を握りしめ、一旦深呼吸をしてから答えた。

「そう。貴方のような知識の持ち主は、この国の宝ですわ」

「もったいお言葉、大変恐縮です」

 ルナに褒められ、ナゼールは少したじろいだ。

 ルナは再びミラベルに優しげな視線を送る。

「ミラベル、貴女の調香した香水はナタリーもわたくしも大変気に入っておりますわ」

「身に余る光栄でございます」

 肩に力が入っていたが、ミラベルは自然な笑みを浮かべることが出来た。

「実は本日、お二人にはこれを渡しに来ましたの」

 ルナはミラベルとナゼールに王家の紋章の封蝋がされた手紙を渡す。

「女大公閣下、これは……!」

「王家のサロンへの招待状ではありませんか……!」

 ミラベルとナゼールは渡されたものを見て仰天した。ナゼールには国王ガブリエルのサロンの招待状、ミラベルには王妃ナタリーのサロンの招待状が手渡されたのだ。

「そうですわ。サラからお話を聞き、ガブリエルもナタリーもわたくしも、ナゼールとミラベルに興味を持ちましたの。それに、お二人の技術はこの国の宝ですわ」

 ルナは上品な笑みを浮かべている。

「女大公閣下からそのようなお言葉をいただけるなんて……」

「この上ない光栄でございますわ」

 ナゼールとミラベルの表情がパアッと明るくなった。

「ミラベル嬢、僕は……これから先も精進して参ります。だから、末永くよろしくお願いします」

 ナゼールは真っ直ぐミラベルを見つめている。ミラベルはそれに頷く。

「ええ、わたくしも、精一杯努力いたしますわ。ですので、こちらこ末永くよろしくお願いします」

 ミラベルとナゼールは手を取り合っていた。

 ルナはそんな二人を優しく見守っているのであった。

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