変身・前編

 ナゼールの為に変わろうと決意したミラベル。中身はいきなりそう簡単に変わらないので、まず見た目から変わることにした。

「あの、お父様……」

「何だい? ミラベル」

 ミラベルの父セルジュは優しげな声だ。栗毛色の髪にグレーの目の端正な顔立ちである。ミラベルもよく見たら少しセルジュに似ている。

「その、学園がお休みの日に、仕立て屋を呼んでいただけないでしょうか?」

 少し震える拳を握り締め、セルジュにそうお願いするミラベル。

「仕立て屋か。今までのドレスに何か問題が出たのかな?」

 セルジュは不思議そうに首を傾げる。

「いえ、そう言うわけではございませんが……今持っているものとは違ったデザインのドレスが欲しいと存じました。もちろん、無理にとは言いません」

 ミラベルは最後少し自信なさげになってしまう。そこへ母ロクサーヌが援軍を出す。

「セルジュ様、よろしいではありませんか。ミラベルもそういう年頃でございますわ。それに、ルテル家の資産ならば1人毎月10着ドレスを購入したとしても全く破産には陥りませんわ。仕立て屋をお呼びしてミラベルの新しいドレスを購入いたしましても大丈夫でございますわよ」

 ロクサーヌはふふっと微笑む。ブロンドの髪にタンザナイトのような紫の目で、可愛らしい顔立ちだ。

 こうして、ミラベルは新しいドレスを購入することになった。いつも着ているドレスはシンプルなものが多かったが、新調したドレスは地味過ぎず派手過ぎず丁度いい華やかさである。また、流行を取り入れたものを数着、流行に流されずいつでも着られるものを数着購入した。

 また、侍女ウラリーに頼んで髪型を整えてもらったり、化粧を施してもらった。それによりミラベルは野暮ったさがなくなり洗練された見た目になった。






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 一方ナゼールもミラベルの為に変わろうと決意をしていた。そしてミラベルと同じく外見から変わることにする。

 無造作長めの黒褐色の髪を切ってもらい、きちんと表情が見えるようにした。そしてダイエットを始めたナゼール。いきなりは効果が出ないが、少しずつ痩せ始めている。

「あら? ナゼールお兄様、少し見ないうちに爽やかになりましたわね」

 アリティー王国から帰国してナルフェック王国の王都に来ていた妹のアンナにそう言われた。

 アンナはナゼールと同じ黒褐色の髪にヘーゼルの目だが、顔立ちは母マリアンヌに似て甘めの顔立ちの美人だ。

「……そうかな?」

 ナゼールは少し微笑んだ。

「ええ、左様でございますわ。ねえ、お母様、ナゼールお兄様は爽やかになられましたよね?」

「そうね。アンナの言う通りだわ。それに、何だかクロヴィス様に似てきているわね」

 ふふっと嬉しそうに微笑むマリアンヌである。

 こざっぱりとしたナゼールは、美形とまではいかないが爽やかで好印象が持てる見た目になっていた。






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 見た目に少し自信が持てたことで、仕草にも余裕が出てきたミラベルとナゼール。

 ラ・レーヌ学園の紳士淑女のマナー教育では、講師のユルシュル・ニネット・ド・リゴーに褒められた。

「ミラベル嬢、そしてナゼール殿。お2人は以前よりも堂々として品が出ましたね。素晴らしいです」

 ミラベルとナゼールは顔を見合わせて喜ぶ。そしてユルシュルにお礼を言う。

「「ありがとうございます、リゴー先生」」

 ちなみに、ユルシュルはミラベルの父セルジュの妹である。つまりミラベルの叔母に当たる。

「お2人共、その調子で頑張るように」

 ユルシュルは満足げに微笑み、フォックスフレーム眼鏡を掛け直した。

 それだけでなく、ミラベルもナゼールも以前より積極的に他者とコミュニケーションが取れるようになった。

 昼休み、いつものようにナゼールが紡績機を電池で動くように改良している時、ミラベルがあることに気付く。

「ナゼール様は左利きでございますのね」

「ええ、物心ついた時には左手で文字を書くようになっていましたね。母方の祖母も左利きだったので、母上曰く遺伝の可能性があるみたいです」

 ナゼールは自身の左手を見てからミラベルを見て微笑む。

「利き手は遺伝するのでございますね」

 ミラベルはグレーの目を丸くした。

「あくまで可能性の話です。医務卿である義伯母おば上も、利き手と遺伝の関係はまだ解明されていないと言っていましたし」

 ナゼールはクスッと笑った。2人のコミュニケーションは以前よりスムーズになっていた。ミラベルもナゼールも、お互い目を見て話せるようになっている。

 そこへ、ラファエルがやって来た。どうやら機械について知りたいようだ。

「お取り込み中申し訳ないね」

「いえ、気にしないでください、ラファエル殿」

「ありがとう、ナゼール。この機械の作動のことなんだけどさ」

 ちなみに、ラファエルは興味の範疇が広く、乗馬クラブや化学実験室など様々な所に顔を出しているようだ。

「ああ、それならこの部分を緩めたら上手く動きますよ」

 ナゼールはしっかりとラファエルの目を見て受け答えをしていた。

「ありがとう、ナゼール。前に化学実験室でオレリアンも言ってたけど、君は機械の知識は専門的なところまで知っていて凄いね」

 ラファエルはペリドットの目をキラキラと輝かせていた。

「僕よりも詳しい人はもっといますが……ありがとうございます、ラファエル殿」

 ナゼールは嬉しそうに微笑んでいる。

「いえいえ。じゃあオレリアンを待たせているからそろそろ僕は化学実験室に行くよ。ありがとう」

 ラファエルは太陽のような笑みを浮かべ、技術室を後にした。

 ちなみに、オレリアンは化学系に興味を持っているようだ。

「ナゼール様のよさを分かってくださる方がいて嬉しいです」

 ミラベルは控え目だが嬉しそうに微笑んだ。

「僕のよさ……ですか。まだ少し自信はないですが、以前より卑屈にはならなくなりましたね。ずっと卑屈になっていては、ミラベル嬢やオレリアンやラファエル殿みたいに、僕を認めてくれている方に対して失礼になりますので」

 ナゼールはミラベルの目を見て、穏やかに微笑んだ。

 眼鏡越しに覗くヘーゼルの目を見て、ミラベルは少しドキドキしながらも微笑む。

(ナゼール様、以前より明るくなられたわ。それに、頑張っているのが伝わってくる。……わたくしも頑張らないと)

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