第26話 童貞紳士の苦悩

 街中での顎が外れそうなくらいに驚いた一幕の後、僕は1人ゲーセンに向かった。

 正直、初めてのバイトの程よい疲れと、さっきの出来事がショッキング過ぎて、今すぐに家に帰って寝たい気持ちもある。


 だが、このまま帰ると何のためにワクワクで街に来たのかがわからなくなるからな。

 ふっ、ちっぽけなプライドを振りかざしてこそ人間というものだろう。


「…………」


 僕はゲーセンに着くとお気に入りの対戦ゲームをプレイすることにした。

 このゲームは『ゴッドニート』というゲームで様々なニートたちによる聖杯戦争だ。ガチガチのコンボゲーで操作性とコマンドがかなり難しく、上級者向けのゲームだ。


 そんな初心者には敷居の高いゲームだが、ワンコンボで半分以上のHPを削れる爽快感と、初撃を入れる緊張感等で、人気のゲームだ。


 オンライン対戦も実装されており、僕はそのオンラインモードを黙々とプレイをしている。その間、次々と連勝を重ね周りにはギャラリーまででき始めていた。


『あのプレイヤーすげええ!!』


『ああ、操作難度が扱いづらい3弱の1キャラの貯金ニートであの動きは人間じゃねぇ。必殺技の「ああ、数年前はよかった……」を見事に使いこなしてやがる』


 ギャラリーの誉め言葉が耳に入ってくる。

 ゲーマーとしては気分がいい状況だが……僕のテンションは上がらない。

 その理由は――。


『それに「彼女」も可愛いし……うらやましいぜ』


『ああ、格ゲーコーナーにいるのが不自然なレベルのギャルだけど……可愛いなよなぁ……』


「わああ、高円寺ってゲームうまいんだねぇー。さっきからノーダメージで全勝だよぉー。周りの人たちも驚いてるしぃー。あはは、なんか優越感でアガるねー」


「…………」


 僕のテンションが低い理由はこれだ。

 

 湯島から逃げた後しばらく全力疾走をかましたが……あっさり追い付かれた。僕の運動能力の低さが露呈した瞬間だった……。


 てか、こいつ僕が走り過ぎて死にそうになっているのに、けろっとしてたぞ……。

 果たして僕がもやしなのか、こいつの体力が化け物なのかどちらなのか……。


「お前さ……なんでついてきたんだよ」


 僕は不機嫌さを隠そうともせず、ゲームをしながら湯島に聞く。

 童貞紳士を自称している僕からしたら、女の子にとる態度ではないが……今日例外だ。


 なんたって公衆の面前で、女ったらしのクズの二つ名を押し付けられたからな……まあ、二股のお試し期間中だからあながち間違いじゃないんだけどな。


「ええー、だって高円寺、師匠に聞きたいことがあるんだもんー」


 湯島は悪びれなく、ニコニコとした表情で答える。

 

「なんだよ? 僕に答えられることなんてあんまりないぞ……?」


「大丈夫ぅー! 師匠なら余裕で答えられるぅ……」


「なんで僕の信頼度がそんなに高いんだよ……話をしたこともないだろ……?」


「だって、師匠は2人の可愛い彼女に加えて、あの固い南戸さえ、メロメロにしてるんだよ! そんなのただの神じゃん!」


「…………」


 うわぁ……変な信徒ができたなぁ……。嬉しいという気持ちはなく、尊敬を向けられて誠に申し訳ないんだけど、ぶっちゃけすげぇめんどくさい。


 というか、南戸はメロメロになってないだろ。あいつは絶対僕のこと嫌いだぞ……?


(はぁ……ゲーム音がうるさくて周りには会話が聞こえてないのが救いだな……ここでも二股を宣伝するとかどんな羞恥プレーだよ……)


「師匠の元で勉強したいのぉー」


「勉強……?」


「二股……いえ! セックスフレンドを作る方法を! 師匠は日替わりでやってるんでしょ?」


「…………はっ?」


 思わず、湯島の言葉でゲームを操作している手が止まってしまう……。


『あっ! 初めてコンボミスをしたぞ……!』


『何があったんだ!?』


 いや……皆さんには聞こえてないと思うけど……とんでもないこと言われたんです……セクハラです。

 もしかして、こいつとんでもない勘違いをしてるんじゃないのか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る