7:時東はるか 11月30日23時55分 ①
時東は、深酒をすることはほとんどない。
たぶん、「派手な生活を送る芸能人」のイメージからすると、意外なくらい少ないのではないかと思う。
味覚が鈍ったからでも、とんでもない失敗をしたからでもない。
単純に、懲りたのだ。五年前、現実から逃げるように深酒をしても、なにも忘れることはできないと痛感したから。
[7:時東はるか 11月30日23時55分]
「南さーん、お風呂ありがとう」
風呂上がりに使えと渡されたジャージの胸元を見下ろしつつ、時東はそう声をかけた。「西高 南」という刺繍がなんとも言えない昭和感を漂わせている。
――いや、まぁ、平成の高校生だったことはわかってるんだけど。
つまるところ、イメージの問題だ。だって、小豆色だし。あと、なんとなくの田舎のヤンキー臭。これも勝手なイメージだけど。
障子戸を引いたところで、あれ、と時東は首を傾げた。
居間にいると思っていた家主がいない。きょろりと見回して、耳を澄ませる。時計の針と、風の音。それだけで、どこからも生活音は聞こえてこない。
押し問答の末に、一番風呂に押し込まれたのが二十分ほど前のことだ。
どこに行ったのだろうと思ったものの、三度目の来訪で家探しを敢行する図々しさは、さすがに持ちえていない。
――まぁ、いいか。適当に待ってれば。
結論づけ、腰を下ろしたタイミングで、「こっち」と居場所を伝える声が飛び込んできた。導かれるように、ふらりと立ち上がる。
声の方向にあたりをつけて、長い廊下を進む。行き当たったのは縁側だった。くれ縁ではあるものの、雨戸が開いていることもあって、少し肌寒い。けれど、窓越しに見える高い月がすごく綺麗だ。その月に、時東はしばし見とれた。
そうか、満月か。一拍遅れて、思い至る。
都会にいると見えないものに、ここでは出逢うことができる。
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