第85話 リラの薬瓶 3
「お待たせしました……っ」
扉を開けたリラは息を切らしているのに、少し顔が青白い。途中でアレクと会ったのか、彼が荷物を抱えてリラの背中をさすっていた。
「リラ、どうしたの!? やっぱり、まだ体調が……」
「アリア様、違います。リラは宮廷医にあとをつけられていたのです。それを
ひゅっ、とアリアの息が一瞬止まった、
「ごめん、リラ! リラが狙われたのに、ひとりにするなんてどうかしてた!」
「悪い。俺も考えが甘かった」
アーヴィンも、手のひらで額を押さえながらうつむいた。
「……いえ、アリア様のお部屋に早く向かってください、と殿下にお伝えしたのは私ですから。私も軽率だったんです」
「そんなことないよ。でも、どうしてすぐに戻って来なかったの? この部屋のほうが安全でしょ? 殿下だっているし」
「銀の器が用意できたら、すべて揃うところだったのです。――アリア様に頼まれた物を集めて、最後に銀の器を取りに厨房へ向かっていたら視線を感じて……。振り返ったら宮廷医が柱の影から、こちらを見ていました。
「リラ、そういう時はすぐに帰ってきて。途中でも完璧じゃなくても良いから。侍女としての矜持があるかもしれないけど、リラが傷ついたら悲しい……」
その言葉を聞いたリラが、涙目で少し笑った。
「そのお言葉、そっくりそのままお返しします」
「……うん。いつも心配かけてごめんね」
アリアはリラの両手を握りながら、たくさんの意味を込めて謝罪した。
「――さて、どうしようかな」
リラが落ち着いたところで、アリアは薬瓶を横から覗き込んだ。
「この部屋に何か銀製品ってあったっけ? あ、もったいないけど手鏡とか――」
「アリア様、大丈夫ですよ。医師が去ったあとに、リラと二人で揃えてきましたから。いつものことながら、思い切りが良いですね」
アレクに苦笑いされて気恥ずかしい上に、アーヴィンの鋭い視線が痛い。
(分かってます。無茶はしませんよ。今、リラに謝ったところですからね……)
アリアはアレクから受け取った新聞紙やビニール袋を机に広げて、もしもの時はすぐに包めるように準備をした。
「じゃあ、蓋を開けるので、皆さんマスクをしてください。呼吸もできるだけ少なく……」
「待って。俺が開ける」
アリアが手袋をはめようとしたところで、アーヴィンに強く手を握られた。
「どのみち、魔法で毒見するのは俺だから。アリア殿は安全だと確認できるまで少し下がって」
「でも……」
「揮発性じゃないと分かったら、アリア殿にも中身を確認してほしい」
「分かりました」
こんな状況だが、守ってもらえることや、信頼されているように聞こえる言葉はアリアを嬉しくさせた。
「じゃあ、開けるぞ」
キュッ、とガラスとシリコンが擦れる音がする。蓋を半分だけ開けた瓶の口にアーヴィンが手をかざすと、薬瓶が黄金色の光に包まれた。
「…………うん、ヒ素で間違いない。触れたり、飲み込んだりしなければ大丈夫だ。アリア殿、器に中身を出したら確認してもらえるか?」
「はい」
広口の銀の器に注がれる中身を、アリアはよく観察した。ドロっとした液体の中に黒く光る粒のようなものが見える。ネイルのラメよりも、もっと細かいものだ。
つられるようにして、アレクも器の中を覗き込んだ。
「何か……、光ってますね」
アレクがあまりに顔を近づけるため、リラが彼の服を引っ張って体勢を起こさせる。
その様子を見たアリアは、いつものリラの調子に戻ってきたと少し安心した。
そして視線を器に戻して、もう一度中身を確認する。
「光ってるのは、たぶん酸化した硫砒鉄鉱だと思います」
「アリア殿の予想通りということか……」
「あの、すみません。スプーンを少しお借りできますか?」
リラは銀製のスプーンを受け取ると、中身をゆっくりとかき混ぜた。そして、スプーンを持ち上げては垂らすという動作を繰り返す。
「リラ?」
あまり触れて欲しくはないため、アリアが止めようとしたが、リラは何かを探すように同じ作業を続ける。
「私が瓶に詰めた時に、爪の長さほどの黒くて細いものが見えたんです。石ではなく、何か柔らかいもので……。あった!」
スプーンに乗せられたものを見たアリアは絶句した。
(そ、んなことって……。でも、たしかにこれなら…………)
ヒ素と一緒に入っていたものは、日本人にとって、とても馴染み深いものだった。
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