第12話 頬を伝う涙の理由(わけ)

 あれから俺と朱莉は互いの寂しさや不安、そして長い間内に秘めていた想いを取り戻すかのように一線を越えてしまった。一線を越えたと言ってもそれは兄と妹、兄妹として間柄の関係での意味であり、何も直結に男女としての深い関係――まぁつまり平たく言うと性行為へと発展したわけではない。


 朱莉は18歳とはいえまだ高校生である。俺も重々承知していたので互いに健全なままの関係を保つべくキスを貪るようにしただけのこと。


 だが俺はというと20歳にして初めて女の子とのキスは想像していたよりも遥かに良くて、とても中毒性があるものだった。


「ちゅっ……んちゅっ……」

「ごくっ……お兄ちゃん……」


 俺はベッド上で身長の差を生かすように唾液を朱利の口の中へと流し込む。

 こうすることにより朱莉の乾いた喉を潤しながらも、まるで自分の一部を彼女が取り込んでいるような錯覚を覚えていた。


 そうしてどれほどの間キスをし合っていたか覚えていないまま、示し合わせたわけでもないのに二人揃ってベッドに寝ていた。激しいキス疲れもあるだろうが、本当はこのまま離れるのが嫌だという感情の表れだったのかもしれない。


 本当なら「ここに泊っていけよ……」などとイケメンセリフを口にしたところではあるが、何故か言葉を口にするのが無粋なように思えて無言を貫く。


「んんっ……」

「ごくりっ」


 朱莉は既に俺の左腕を枕代わりにして寝入っている。そして俺はというと着ているワイシャツとズボンの息苦しさと朱莉の寝息によって寝付けずに、時折ブラウスの隙間から覗かせる胸の谷間桃源郷から目を離すことが出来なかった。


 それにまた俺の足には朱莉の細くも柔らかい二本の足が絡められ、時折太もも付近にスリスリ、スリスリッとされてしまい、なんだかイケナイ気分になっていく。そこでふと朱莉の寝顔を見ていると、とても幸せそうに安心しきっているように思えてしまい何だか俺までも幸せな気分になっていた。


 特にすることもなく、また朱莉を起こさないようにと左腕を固定したまま身動き一つ出来ないので、俺はそのまま朱莉寝顔を観察することにした。


 整った綺麗な顔立ちで目を瞑り綺麗に揃った長い睫毛と筋の通った小さな鼻。そしてスゥーッスゥーッと、寝息に合わせて胸元付近が膨らんだり萎んだりもしている。時折朱莉のほうから女の子特有の甘くとも良い匂いで、そしてどこか安心するような息が届けられ目の前にある俺の胸をくすぐっていた。


 まるで子猫かハムスターのように自分の体を丸めながらに俺の腕へと抱かれている朱莉のことが前のようにただの家族としての妹だとは思えず、完全に異性を見る目へと変わっているを俺自身自覚せずにはいられなかった。


「んっ……お兄ちゃん……す……き」

「っ!?」


 唐突な朱利の寝言。

 しかもそれは俺に対する好意の示すものであり、動揺を隠し切れない。


 激しくも大人のキスをした仲とはいえ、互いにその心は初心である。一瞬このまま朱莉のことを押し倒してしまおうかという劣情に負けそうになるが、再び朱莉の顔へと目を向けると彼女の瞑られた瞳から一筋の滴が流れ落るのが見えた。


「お父さん……お母さん……ワタシを置いてどこにいっちゃったの……寂しいよぉ……」

「朱莉……」


 どうやら朱莉は自分の亡くなった最初の両親の夢を見ているのか、眠りながら泣いていたのだ。

 とても悲しそうにする朱莉の顔を見ていることができずに俺は思わず、頬へ手をやり指の腹で流れ落ちる涙を掬い取ってやる。


「んっ……んん……ふふっ」


 それが少しくすぐったかったのか、朱莉はちょっとだけ口元を緩ませている。


(俺が朱莉を守ってやらないと……この笑顔を絶やさないためにも……ずっと傍で……)


 そう決意の心を胸に抱きながら、俺は夜通し朱莉の寝顔を見守ることにした。朝になり彼女が目を覚ますその瞬間まで……。

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