第4話 魔王(ラスボス)への覚醒

「あの……わわわわ、人がいっぱいでまるでゴミのようだよぉ~。ぅぅっ。あ、あのっ! ワタシの……いえ、ワタシは……」


 案の定とも言うべきなのか、朱莉はまともに喋れないほどガチガチに緊張していた。

 だがそれは無理もないことである。なんせオタクという人種はコミュ障と昔から相場が決まっており、自ら目立つ行動は苦手なのだ。


「朱莉のヤツ……あんな緊張してて、ほんとに大丈夫なのかよ……」

「なんとか緊張を和らげるものでもあれば、よろしいのですが……」


 そんな俺の心配する小声が聞こえていたのか、隣に居るみやびさんも何もしてやれないもどかしさに打ちひしがれている様子。


「朱莉っ!」

「祐樹さん、一体なにをするつもりなんですかぁっ!?」

「お、お兄ちゃんっ!?」


 俺は居ても経ってもいられずに思わず、一歩前へと出て朱莉の名前を叫んでしまった。

 その刹那、みやびさんと朱莉が同時に反応を示したが俺は構わずに右手を握り締めながら力いっぱいこう叫んだ。


「こんなものオタクの俺達からすれば、ゲームにあるチュートリアルみたいなものじゃねぇかよぉっ!! それにお前は(自称)元魔王様で、今やこの国の権力を握る首相なんだろ? だから少しくらい間違ってもいいから、気負わずに自分の好きにやればいい」

「お兄ちゃん……そっか……そうだよね……ワタシはこの国で一番偉くて、しかも実質ラスボスみたいなもの……うん、分かったよ♪ こほんっ。この度、日本国の首相として選ばれました月野朱莉です。未熟な身ではありますが……」


 俺の言葉で気が楽になったのか、朱莉は雄弁なまでの演説を始めた。

 自分が首相に選ばれたことによる感謝とともに、そしてこれからこの国をどう導いていきたいか、まるで自分の夢を語る子供のように力強く信念を持った力溢れる言葉を口にしていった。


「(祐樹さんっ! 貴方、大切な記者会見の場で何をトチ狂ったことを叫んでいるのですかっ!!)」


 その後、俺はというと当然の如くみやびさんから叱責を受け、これ以上何か事を起こさせないために両脇を黒服のスキンヘッドのおじさん達に固められてしまい、身動き一つできなくなっていた。

 それでも俺は朱莉の演説と自分が仕出かしたことに対する緊張感から来る脇汗ビッショリ感とともに、容赦なく膀胱へと襲い掛かる尿意の痛みに満足そうな顔でニヤけてしまっていた。


 たぶんなのだが、俺は変な性癖に目覚めようとしているのかもしれない←


「……です。そして最後にこれは用意されていた台本には書かれていませんでしたが、ここに宣言しますっ! ワタシはこの国の首相でありますが、実はその正体はぶっちゃけ元魔王様です。しかもスペックはもちろんラスボス仕様になります」

「はぁ~っ? あ、朱莉さん、何を急に……」


 唐突な朱莉の言葉にみやびさんは動揺していた。

 それもそのはず、朱莉は台本ありきのセリフだと宣言しただけでなく、自らを元魔王様だと名乗り中二病的なセリフを口にしてしまったのだ。しかも全国民が観ているテレビの前で、だ。

 それはみやびさんだけでなく、俺の両脇を固めるスキンヘッドのおっさん達までも呆気にとられてしまっている。けれども朱莉は臆せずにそのまま演説を続けた。


「もちろん皆さんも唐突にこんなことを言われてしまい、驚きのほどを隠せないと思います。ですが、安心してくださいっ! だってこのワタシは魔王様……つまり魔族の王様的ポジションなんですよ。こんな人間界を支配するのなんて朝飯前……言ってしまえば昨夜の夕食後みたいなものなんです! それにそれに念願だったワタシの時代がようやく到来しました! 経済だろうが国防だろうがどんな問題だってゲームやアニメ、それとラノベの知識を生かせば万事解決しますよ♪ それでは少し長くなりましたが、ワタシからは以上です。終わりっ!」


 そして朱莉は自分の言いたいことを述べると最後に頭を下げてそう締め括り、俺達が待つ袖際へとやって来た。

 集まった報道陣達は何が起こったのか理解できずに、ただ口を開けて餌を待つ雛鳥のように何も発せないまま固まることしかできずにいた。


「はぁ~っ。緊張したぁ~。でもでもこれで良かったんだよね、お兄ちゃん?」

「朱莉……ああ、ああ、もちろんだともっ! あれでこそ朱莉だ。お前はオタクの鏡だっ!」


 朱莉と俺は喜びに沸き立ち、「やってやったんだ!」という達成感から悦に浸る。


「い、色々言いたいことはありますが、まずは初演説お疲れ様でした朱莉さん」

「みやびさん、ありがとう~」


 それは諦めなのからなのか、それとも仕えている立場上の問題で口を出せないのか、みやびさんは労いの言葉をかけるだけに留まり水が入ったペットボトルを朱莉へと手渡した。

 こうして朱莉は火の元日本の首相にして、元魔王様であることを全国民……いや、全世界へと広く知らしめたのだった。


 少し可笑しくも、それでいて本人は至って真面目な中二病を全開にした朱莉の首相の物語が今から始まることになった。


 だが今の俺達はまだ何も知らないただ生意気な若者だった。

 現実世界の政治というものはアニメやゲーム、それとラノベのような物語みたく、そう都合よくはできてはいないということをその後、嫌と言うほどに知ることになるのだった……。

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