第22話……シンカー、伯爵となる!

 統一歴563年12月――。

 オーウェン連合王国のガーランド商国への侵攻は、各戦線が順調に侵攻したものの、王女率いる本隊が奇襲により壊滅。

 一転、全面的な敗北へと終わったのだった。


「帰ったぞぉ!」

「お帰り」


「解散!」


 リルバーン子爵家の部隊も撤退には成功し、無事レーベに帰還。

 全員の軍役の任を解き、私も館に帰ったのであった。



「お前様、おかえりなさいませ」


「ああ、疲れたよ」


「お風呂が沸いておりますよ」


 私はイオに出迎えられ、風呂へと向かうことになった。

 折角なので、イオに背中を流してもらった。

 そして体を洗った後、湯船につかると、全身の疲れが抜けていくようであった。


「お加減いかがですか?」


「丁度いいよ」


 我が家の風呂は質素で、薪で沸かしている。

 しかし、大体の貴族家の風呂は、魔法石で沸かす仕様であった。

 今度、お金に余裕が出来たら改装してもいいかもしれない。




◇◇◇◇◇


 数日後――。

 秘密裏に金山開発に従事しているキムがやってきた。


「殿! 例の金山ですが、精錬が難しい理由がわかりました」


「ほぉ」


 詳しい話を聞いてみると、金鉱に混ざっている他の金属が問題であったらしい。

 先日に仲間に入った魔法使いのアリアスのお陰で、それがわかったようだった。


「……で、ですね。その混合物が驚くことに、ミスリル銀だったのですよ」


「おお!?」


 ミスリル銀と言えば、希少な魔法金属であり、高度な武器防具に使われる代物であったのだ。

 上手く抽出できればの話だが、その価値は金を遥かに凌いだ。


「……で、取り出せそうなのか?」


「それが、アリアス殿の話によれば可能とのことです。やはりあの老人タダものではございませぬぞ!」


「高い酒でも弾んでおいてあげてくれ。酒が好物らしいから」


「わかりました」


 キムも自分のことの様に喜んでくれた。

 自領に金鉱どころか、ミスリル鉱もあったのだ。

 私の胸は高鳴るばかりであった。




◇◇◇◇◇


 統一歴564年1月――。

 王都シャンプールでは、一月の初めに王城の宮殿で新年の宴が開かる。

 貴族として私とイオはその宴に出席した。


「ご機嫌麗しゅう」


 貴族の風習や挨拶には今も慣れない。

 貴族同士のお付き合いは、生来の貴族であるアーデルハイトやイオに任せ、私は専ら料理にかぶりついた。

 今回の宴はビュッフェ形式だ。


 羊の丸焼きに、鴨の香草焼き。豚肉の燻製。

 どれも出来たてで、美味しそうな湯気が上がっている。

 温かい鹿のシチューや野菜スープも食べ放題だった。

 更には、デザートで希少な砂糖を使った菓子まで並んでいた。


「旨い!」


 生粋の貴族様の中に混じって、私だけが貧しい傭兵出身。

 当然、がつがつ食べてしまい、悪目立ちしてしまったようだった。


「リルバーン子爵殿ですかな?」


「はい、そうですが?」


「どうぞこちらへ」


 私は、見知らぬ紳士に声を掛けられ別室へ案内された。

 その部屋も芸術品や調度品が整い、ここが王城の宮殿であることが再認識された。



「リルバーン卿、先日はお手柄でしたな」


 後から部屋に入ってきて声をかけてきたのは、宰相のフィッシャー宮中伯であった。


「ゴホン、まぁ、かけてくれ給え」


 私は座るよう勧められ、席に着いた。

 すぐに給仕が、温かいお茶を運んでくれる。


「……でだ、下賤な言い方かもしれぬが、尊い王家の純潔をよくぞ守ってくれた。だが、その件は内密にな。あらぬ噂が立っては敵わぬでな」


「はい」


「でな、話というのは、女王陛下を助けた功を、王族のクロック将軍に譲って欲しいのだ。そうしてくれれば、リルバーン卿、そなたを伯爵に取り立てようと思う」


「……はぁ」


「ご不満かな?」


「いや、手柄を譲るのは構いませんが、伯爵位に陞爵してもあまり私にはメリットを感じないのですが……」


 正直にこういうと、宮中伯は少し困った顔をした後、笑った。


「ははは、実利主義な傭兵出身者らしい考え方よな。では伯爵位に加え、5万ディナールの領地もつけようではないか?」


「それなら喜んでお受けいたします」


「良かった、良かった」


 その後、上機嫌になった宮中伯の話に付き合った。

 クロック将軍を推す若手の貴族派閥の力は強く、政権運営上無視できない勢力らしい。

 だが、地位を授けるだけの功績がクロック将軍には無かったらしかった。


 そのために、先の商国への侵攻があったという噂まである。

 そこで、今回の裏取引だ。

 私が女王を救った功績が、そのままクロック将軍のモノになるという訳だ。


 後日、王族のクロック伯爵はダイヤモンドをあしらった最高勲章を授与され、侯爵位の地位と王軍の最高指揮官である大元帥に任じられたのだった。

 そして、リルバーン家も退却時の功績として、伯爵位の地位と王家の直轄地5万ディナールを受け取った。


 その晩は、イオ達と王家の数ある貴賓室の一つを借りて休んだ。


 三日後にようやく自領に戻り、1月の10日にレーベで自領の新年の宴を開催。

 領民をまじえて盛大に祝ったのであった。



 祝い日の夜――。

 ラガーの紹介で、ホップという商人が面会を求めてきた。


「……ん? 用は何だ?」


「恐れながら、ゲイル地方での毛皮の商いをしたいのですが……」


 ゲイル地方。

 それは、エウロパから南東に、海路を5日ほど行った先にある未開の土地であった。

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