03-04
「……それにしても、ハク、だっけ?」
〔なぁに? ニシナ〕
「なんで『鬼』はコイツだけを狙うんだ? 神獣だった元狛犬がご馳走だっていうんなら、お前だって狙う対象なんじゃないの?」
「たしかに……」
仁科に言われて、和都もそれはそうだな、と気付く。自分の中にある『狛犬の目』がご馳走なら、対になる『狛犬の牙』だって同じようなものだろう。
〔そりゃー、ニンゲンのほうが食べやすいからだよ〕
「食べやすい……?」
まさかの理由にゾッとする。
「幽霊同士のほうがなんか簡単そうだけど」
〔霊体が霊体を取り込むには、取り込みたい側より圧倒的にチカラが強いか、格が上じゃないと難しいんだ〕
「格って、神様が一番上で鬼が一番下とか、そういう順番みたいなヤツ?」
考えたことはなかったが、八百万の神にもランク付けというものがあるようだ。
〔そうそう、そんな感じ。ボクは神様に仕えてた元狛犬だし今は弱いけど、神獣としての格はまだまだ上のほうだからね。ニンゲンに紛れて悪さするしかできないくらいの『鬼』じゃあ、ボクを直接食べたりなんてまぁ無理だよ〕
ハクの口ぶりからして、狛犬というのはそれなりに高位の存在になるらしい。たとえその狛犬を辞めたとしても、そこまで順番は下がらないようだ。
〔その点ニンゲンは、魂と精神と肉体がくっ付いて出来た生き物でしょ?〕
「あー、なんだっけ『
〔それそれ! この三つはそれぞれくっ付いてるから、強さとか格とか関係なく肉体から魂に直接手を出せちゃうんだよ〕
三位一体とは、三つのものが組み合わさって一つになっている、という意味だ。どうやら人間というのはそういう風にできているものらしい。
〔だから、カズトを取り込まれちゃうと、
「つまり、相模を食えば普通なら食えない狛犬まで食べられて、一石二鳥なわけねぇ」
「うえぇ……」
より強いチカラを一気に手に入れられるのであれば、和都を狙うのもわかる話だ。
だからこそ、ハクは必死になって自分に訴えかけてきたのだろう。
「うーん、でもさ」
和都が納得していると、仁科が何かを考えるような顔でこちらを見た。
「相模のチカラを強くしたところで、そもそもの解決にはならないんじゃないのか? 鬼をやっつけちゃったほうが早くない?」
怖いものからは逃げるしか選択肢がなかったので、その発想はなかった。
「やっつけるって、どうやって……」
「あー、封印するとか?」
「やり方、知ってます?」
「知らない」
「ですよね」
漫画の世界ではないので、都合よく巨大な霊力が湧き出して戦って勝つ、なんて展開はあり得ない。そもそも今の自分には、嫌なものに耐えられるチカラすらない状況なので、土台無理な話だ。
「……あ。ハクがめちゃくちゃ強くなって『鬼』だけ食べちゃう、とか?」
〔その方法もあるね! でもまだまだぜーんぜん足りないからねー〕
「だよねぇ」
「ま、それも考えつつ、なんか他にも方法は考えた方がいいだろうな」
話しながらも進めていた、プリントを留める作業もだいぶ終わりが見えてきた。
窓の外の空は、オレンジ色に染まり始めている。
「そういや、お前らはそもそもどこの神社の狛犬だったのよ? あ、でも狛犬を辞めたってことは、神社はもう無いのか?」
「ハクは、覚えてる?」
和都にはその時の記憶がないので、そのままハクに話を振った。
〔昔の記憶がボクも曖昧だけど、カズトがこっちに越してきた時に、なんか懐かしいなぁとは思ったから、この近くにあったのかもしれないね!〕
「そっか。名前とかも覚えてないの?」
〔名前は覚えてるよ!『
「……『白狛神社』ねぇ」
仁科はスマホを取り出し、地図アプリで学校周辺を検索するが、それらしいものはヒットしない。
「まぁ、廃神社なら検索じゃ出ないか」
「どういう神社だったの?」
〔大昔に、ニンゲンを食い殺した鬼を退治して封印した神社だよ!〕
「鬼を封じた神社が廃れていいのか?」
「たしかに……」
仁科の言葉に、和都はついさっきも同じような言葉を聞いたな、と気付く。
『鬼を封じたという伝説があるそうです』
『封じられた鬼はどうなったんでしょうね?』
補習の時間、プリントに向かう自分に、川野が言っていた言葉だ。
「……あっ、まって。もしかしてさ」
嫌な可能性に、気付いてしまった。
「堂島先生達に憑いてる鬼って、その神社に封じられてた鬼って可能性、ない?」
和都の言葉に、ハクが驚愕の表情で大騒ぎし始めた。
〔ああああ?! ホントだ!! どうしよう?!〕
右往左往しながら、ハクが空中でグルグル旋回する。
「ちょっとハク落ち着いて。まだ可能性の話だよ!」
「いやでも、『悪霊』ならまだしも『鬼』なんてそうそう聞かないし、可能性は大いにあるぞ?」
「うっ」
仁科に言われ、和都も全く思い至っていなかったので、少しばかり頭が痛い。
「その、狛犬を辞める時に、そこにいた神様とかはどうなったの?」
和都に言われて、ハクがピタリと止まる。それからピンと立っていた耳をへにゃりと下げた。
〔……お祀りしてた神様は、どこかに連れて行かれちゃったみたいで、分かんない。それから全然ヒトが来なくなっちゃって、ボクたちはそこに置いてけぼりだったし。小さな祠が残ってたのは、覚えてるけど〕
しゅんとして言うハクを見ながら、今度は仁科がうーん、と首を捻る。
「狛犬置くくらいならちゃんとした神社だったろうし、連れて行かれたっていうなら何処か人のいるところに移されたんじゃないか? しかし、祠が残されてたってのは気になるな」
神社を移動するのであれば、そこにいる神様は全て移動させるはずだ。となると、様々な理由で移動させられない何かの可能性が高い。
「もしかして、そこに鬼を封じてた、とかですか?」
「そうねぇ。それに鬼である川野がそこにお前を連れて行こうとしていたあたり、そこが鬼の拠点になってる可能性だってあるぞ」
「うえぇ……」
全てが曖昧で憶測でしかない。となれば、やることは一つだ。
「とりあえずはその『白狛神社』だった所を見つけて、今どうなってるのか、どんな神社だったか、ちゃんと調べたほうがいいな」
「そうですね」
気付けば話しながらやっていた作業はすべて終わっていた。
「よし、おわりっ」
「お疲れ様でした……」
談話テーブルの上には、クラス分毎に数えて縦横に重ねた山が出来上がっている。
和都は疲れた顔で、テーブルの空いてるスペースに突っ伏した。
窓の外は、すっかりオレンジと朱の混じった夕暮れの色に染まっている。
「まぁうっかり聞いちゃったし、乗り掛かった船だから、とりあえず協力くらいはしてやるよ」
仁科の言葉に、和都は顔をあげながら立ち上がる。
「……あ、ありがとうございます」
「とりあえずは、お前のチカラを強くしてやりつつ、神社探しって感じかね。チカラが強くなれば、急に倒れるのもなくなるんだろ?」
和都のすぐ横に立った仁科がハクに聞く。
〔うん!『いやなもの』より強くなるから、影響されなくなるよ〕
「一緒にいる時間長くすればいいとか?」
〔そうだね。一緒にいる時間を長くしたり、触ったり!〕
「ほー。じゃあなるべく委員の仕事を手伝ってもらうようにしようかね」
「うええ……」
いい事を聞いた、と言わんばかりの笑顔で、仁科が和都の頭を撫で始めた。今後は保健委員としてコキ使われるという未来が、容易に想像できる。
〔あ、あと、基本的にチカラは口から出てることが殆どだから、一番効率がいいのは口移しだね。この間のみたいな!〕
「この間の……?」
ハクの言葉に、和都は先日の、体育の時間に倒れた時のことを思い出してしまって、視線を床に向けた。
しかし、やらかした当の仁科はというと、すぐに思い至らなかったのか、少しばかり考えてからようやく思い出した、という顔をする。
「あぁー、水飲ませた時のか」
「……あれ、毎日はダメでしょ」
そもそも、水を飲ませるためだけに、何故あんなことをしたのかが分からない。飲み込みができない相手に対して行われる対応の一つといえばそうだが、他にも方法はあったはずだ。
「まぁ学校でしょっちゅうやってたら、俺が捕まるわな」
「そこまでしてくれなくて結構です」
睨むように横の人間を見上げれば、飄々とした様子は変わらない。
「まー、そっちはさすがに無理だけど。……おでこにチューくらいならしてやろうか? ベロチューはした仲だし?」
仁科がそう言って、何やら楽しそうな顔をこちらに向けた。
鬼に対抗できるチカラを一刻も早く増やすには、それくらいはしないといけない、のかもしれない。
和都は眉を
「……よろしくお願いします」
「はいよ」
そう言うと、仁科が少しだけ頭を屈めて和都の額に唇を当てた。
──……うわ、本当にした。
なんとなく照れ臭い気持ちになってしまう。
狭い額の中央に触れた柔らかい感触は、すぐにそっと離れていく。
あの体育の時に感じたような、暖かい何かがじんわりと内側に流れこんでくる感覚。口移しの時ほどではないが、確実に自分の中に何かが入っていったのが分かった。
「……でこチューしやすい高さだねぇ」
「怒りますよ?」
ジロリと見上げた先で、仁科が眼鏡の奥の目を細めて笑う。
「ま、とにかく情報集めないとね」
「神社のこと、調べなきゃ」
「そうねぇ。……ある程度の場所にアタリつけて、実際に行って確認してみないとかな。ハクはそこに行けば、神社があった場所かどうかくらいは分かるんだろ?」
〔うん! ちょー分かる!〕
そう答える元狛犬のお化けは、先ほどより輪郭が少しだけハッキリしていて、白い色もほんのり濃くなっていた。チカラがきちんと増えている証拠なのだが、和都としては何とも微妙な気持ちである。
「バスとか電車で行ける範囲ならいいんだけどなー」
「そういうのは車のがいいでしょ」
「……先生、免許持ってます?」
「俺、車通勤だよ」
「えっ、うそ」
「なんで驚くのよ」
「いや、なんか似合わないなって……」
「このヤロウ」
窓の外の空は、茜色の端から少しずつ紺色が混ざり始めていて、夜の始まりが近いことを告げていた。
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