第5話 坂下うら 坂下忍 坂下透
「──大変だ。うら」
坂下うら6歳が恐怖で痙攣を起こした。坂下忍6歳は必死でうらを呼び揺さぶった。
坂下
しかし
「嫌だ。来ないで」
忍はなぜか透を拒んだ。
『過呼吸のようですね』
車掌は言い、透はそれを聞くなり鞄の中からビニール袋を取り出した。
「なにかの小説で読んだことがある、これを口元に……」
袋を手に持ち近づく。だか、忍の酷い怯えように透は近づくことをやめ、床を転がすように丸まったビニール袋を投げた。
忍は受け取り急いで開き、うらにビニール袋を宛てがう、ふーふーっと呼吸を整え、うらは涙目でどこか遠い所を見て訴えた。
「止めて、お義父さん。──泣かないから、騒がないから」
「うら、うら、ここにはお義父さんはいないよ。僕達に酷いことしないよ」
いったいどうしたのかと透は固まった。
シュッシュッと機関車は車輪を回し、いつまでも止まりそうにない。
ここにはもう大人は透しかいない。容態を見ようにも一切近づけない。
どうしたものかと考える。
あんなに喋っていた車掌は手のひらを返したように沈黙していた。
「大丈夫かい。冷たいミネラルウォーターでも飲むかい」
そっと声をかけるが、二人の子供は怯えるばかり、もしかしたら大人が怖いのだろうか。お義父さんと言ったか、殴られたりしたのだろうか?
「大丈夫、なにもしないよ」
「なにもしない?」
「本当に?」
「しないよ」
「僕達に気持ち悪く触ったりしない」
気持ち悪く?
「あぁ、しないよ」
「お尻に触ったり、お尻に気持ち悪くて痛い棒を入れたりしない。お義父さんの凄く痛いんだ」
そこまで聞いて、透は、はっとした。
この子達はまさか……。
大人を拒む。違う。男を拒んでいるんだ。
気づきたくもないことに気づいてしまった。
なんて最低な父親なんだ。たぶん小さな男の子二人を性的虐待したんだ。
見ず知らずの子供を哀れに思い、透はその子達の父親に嫌悪した。
さっきの紅と名乗った男のせいで嫌な記憶が掘り起こされてしまったのだろう。
可哀想に。
「大丈夫。なにもしない。水を飲ませるだけだよ」
そっと近づき透は、うらと忍の目線に合わせてしゃがんだ。
ほらっと言って、自分用に買ったペットボトルのミネラルウォーターを渡した。
うらと忍は喉が乾いていたのか、交互で水を飲み干した。
ほぅっと息をつく。そのあどけなさに、透は居た堪れなくなり、ポロリと涙をこぼした。
「どうしたの痛いの」
「もしかして、お兄さんのお水、全部飲んで悲しいの、ごめんなさい」
「いや違うんだ……なんでだろうなぁ。涙が止まらい。君たちずっと辛かったな。痛かったな」
言うと、うらと忍は顔を歪ませた。透の言わんとしていることに気がついたのだ。
「泣かないよ。泣いたら打たれるもん」
うぅっと透は声をたてて泣く。
「いいんだよ。誰も叩いたりしない、泣いてもいいんだよ」
うらと忍は、透の優しい言葉に顔をクシャクシャにして「うぁぁぁぁぁぁ」っと泣き透に抱きついた。
透には何故かわからないが、この子供たちに、とても申し訳なく感じ、心から誤りたい衝動にかられた。
「助けてあげられなくてごめんな」
子供達は首を振って、透にしがみつく。
どれだけそうしていただろうか、ひっくひっくっと子供達はしゃっくりし、ようやく落ち着くと
「僕達はね、ふたごなんだよ」
「痛いことは二人で乗り越える。お義父さんに酷いことされて、どうにも我慢できなくなったら、変わってもらう。僕達は痛みを半分っこなんだよ」
っと言った。
許せない。こんな子供を……。
心から透は思った。
「だからね、ずっと僕達は二人。シリウスにはいけない」
透は顔をあげた。
「シリウスには、お兄さんが行って」
「そんな」
「僕達は離れ離れになりたくないんた。だから次で降りるよ」
「そんな、シリウスには行かないといけないところだ、君たちが……」
二人は首を横に降って笑顔を見せた。
「お兄さんならいい」
「お兄さんがいい」
透は胸が締め付けられるような思いがした。なぜシリウスに行かないといけない?
子供を置いてまで行くところなのだろうか?
「──俺も一緒に降り……」
『それは出来ません。あなたは残るべきだ』
急に沈黙を破り車掌は喋りだした。
何故だと思うのに、逆らうことが透には出来なかった。
『もうじき双子座駅に到着します。──さて、二人のお客サマ。あなたがたの最後の願いはなんですか』
透の腕の中から出て、すくっとしっかりと立ち上がる、うらと忍。
「「僕達のような可哀想な子供がいなくなること」」
『そうですね』
──ガタン。
双子座駅に機関車は到着してしまった。うらと忍は、ぎゅっと透の首に腕を通して抱きついた。
「「お兄さん、ありがとう」」
「俺も……」
涙が、つっと頬を伝う。
うらと忍は笑顔で駅に降りた。ゴトンっと機関車は動き出し終点のシリウスに向かう。
透はたまらなくなり、車窓のガラスに両手を付いて二人の子供を見つめた。
──ゴトンゴトン。
離れていく、遠ざかっていく。胸が張り裂けそうな気持ちが襲う。
ひゅん。ひゅん。
双子座駅から流れ星が光る。
『双子座流星群ですね。とても美しい』
槍のように双子座駅を中心に沢山の星が流れていった。
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