第8話

 名残惜しく花畑を後にし、ノブが向かったのは人の住む『マチ』という所。


「あれは何?」

「見世だな」

「あれは?」

「茶屋」

「あれは?」


 一際背の高くて大きなもの。


「牢獄だな。帰蝶あちらを見てみよ」


 ノブは示した先に私を引っ張り、ひとつひとつ丁寧に教えてくれる。


「イチを開いたおかげで活気があるんだ、すごいだろ」


 自慢げに胸を張るノブ。マチを抜けると海があるのだと言って、人と人の間を器用に抜けていく。


「ノブ、ちょっと待って」


 ノブの黒い背中はすぐに人の間に隠れてしまう。人を避けて進んでいたつもりだったが、とんとぶつかり後ろに尻もちをつく。


「貴女大丈夫?」


 鈴が転がるような声。見上げれば見覚えのある花が咲いている。


「この着物……」


 私が描いた花の反物が着物に仕立てられ、目の前の人のものになっている。


「あら、貴女も知ってるのね。マムシさんの」


 鮮やかな花の後ろからひょこりとノブが顔を出す。


「良かった、ここにいたのか」

「あらお兄さん。良い男じゃあない? 店に来ておくれよ」


 花がノブにしなだれかかる。


「結構。行くぞ帰蝶」


 ノブに手を取られ引っ張られる。


「そんな貧相な子より、愉しませてあげるよぉ」


 花の声が背中を粟立たせる。


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