第20話


 その後も緊張状態が続いていたが、魔王リディアが威圧感を完全に消したため、しばらくすると村長とヘイリーの父親の緊張も弛んできたようだ。

 二人とも、魔王リディアの威圧を感じる前のように自然体で話をしている。


「村の男衆全員でヘイリーを取り返しに行こうと言ってるのに、村長が首を縦に振ってくれないんだよ」


「一匹とはいえ相手は魔物ですからね。考えたくもないですが、村の男衆が全滅した場合……村を存続することが出来なくなります」


「だからって今も苦しい思いをしてる娘を、ヘイリーを、諦められるわけはない!」


「……そこで、旅のお方」


「へ?」


 突然話を振られて、変な声が出た。


「どうか村娘を魔物から取り返してはくれませんか」


「取り返す……ですか」


 横に魔王リディアがいる手前、俺はとても動きづらい状況だ。

 とはいえ魔物が人間たちによって犯人に仕立て上げられているわけではないのなら、魔王リディア的には別にいいのだろうか。

 実際に魔物によってさらわれた村娘を取り返すわけだから、要は誘拐犯から誘拐された娘を取り返すだけだ。

 そこに魔物も人間も関係ないはずだ。


「村がピンチのときに腕の立つ旅のお方が通りかかるなんて、本当にありがたい話です」


 そう言って村長はまた俺たちのことを拝み始めた。

 ヘイリーの父親も村長の真似をして手を合わせる。

 十数分前にも見た光景だ。


「リディアさん、どうしましょう」


 心の読めない俺には魔王リディアの胸中は分からないので、確認をしてみた。


「手を貸してやると言ったら、この村のご当地飯を食わせてくれるかのう?」


 あれ。

 先程の魔王の威圧感は完全に消失したみたいだ。

 この村に来たばかりではしゃいでいたときの魔王リディアに戻っている。


「もちろんです! 何も無い村ですが、精一杯おもてなしをさせていただきます!」


 頼みを聞いてもらえそうだと踏んだ村長が、全力で魔王リディアの発言に肯定の意を示した。

 ヘイリーの父親も同じように感じたらしく、そわそわし始めた。


「決まりじゃな」


 魔王リディアの言葉に俺は頷いた。

 俺自身は誘拐された村娘を救うことに反対する理由はない。

 呪いのアイテム探しとは無関係だが、誘拐犯を放っておくわけにはいかないだろう。


 俺たちが話に乗ってくれたことを喜んだヘイリーの父親は、すっくと立ちあがると、気合いの入った声を出した。


「そうと決まれば、さっそく娘を助けに向かってくれ! 俺からも礼は弾む!」


「飯が先じゃ」


 しかしヘイリーの父親の気合いの入った発言は、魔王リディアによって却下された。


「ヘイリーが誘拐されてるんだぞ!?」


「娘が誘拐されたのは、いつのことじゃ」


「半年ほど前に」


 これには魔王リディアよりも俺が驚いた。

 勝手な憶測で今日か昨日に誘拐されたものだとばかり思っていたからだ。


「そんな前に誘拐されたんですか!?」


「そうだ。ヘイリーはずっと辛い思いを……」


「半年前に誘拐されて今も生きておるなら、一日や二日延びても変わらんじゃろ」


 ヘイリーの父親の嘆きを、魔王リディアは無情に切り捨てた。


「リディアさん。言い方というものがありますよ」


 さすがに今のは、娘を誘拐された父親に対する言葉としてはあんまりだ。

 こうなったら魔王リディアが発言する前に、俺がヘイリーの父親と会話をしなくては。


「お伺いしたいのですが、犯人からの要求は何でしょう?」


「それが……魔物の住処に村人が近付くと襲い掛かってくるので、要求を聞くことが出来ないんですよ」


 俺の質問に答えたのは村長だった。

 ヘイリーの父親も村長の言葉にうんうんと頷いている。


「おい、ショーン。話はご当地飯を食いながらでも出来るであろう」


 俺が二人と会話をしても、魔王リディアはお構いなしだった。

 俺たちの会話を遮って自分の主張を述べてくる。


「あー……すみません。どうやらこの子、お腹が減ってイライラしてるみたいです」


 それらしい理由を付けて、俺は魔王リディアの無礼を二人に詫びた。


「そうだったのですね。今、家内が料理を作っている最中ですので、料理が出来るまで風呂にでも入ってのんびりしていてください。その前に、お客様用の部屋に案内しますね」


 そう言って村長は、俺たちを居間とは別の部屋へと案内してくれた。

 居間ほど広くはないが、二人で泊まるには十分すぎる部屋だ。


「ではごゆっくり」


 部屋から村長が去ると、魔王リディアはまるで初めて宿泊施設にやってきた子どものように、部屋の中を探検し始めた。


 それにしても。


 魔王リディアは、ここまで自分勝手な人だっただろうか。


 俺は釈然としないものを感じつつ、水差しに入っていた水をグラスに注いで飲み干した。





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