第15話
俺の掴んだ因果の糸で見た未来はここまでだったが、ボスモンスターが動かなくなってもダンジョンが閉じないということは、ボスモンスターにはまだ息があるのだろう。
トドメを差す必要がある。
「ボスモンスターと言えど、動かない相手にダメージを与えることくらいは俺でも出来ます」
俺は倒れている戦士の手から、大剣を拾い上げた。
予想していたよりも大剣はずっしりと重みがある。
「この大剣、こんなに重かったんですね。俺ではとても振り回したりなんか出来ませんね」
俺は引きずるように大剣を持つと、ボスモンスターの身体をよじ登った。
そしてボスモンスターの首元まで行くと、大剣を勢いよく振り下ろした。
目を覚ましたボスモンスターは、ひときわ大きい声で咆哮すると、息を引き取った。
「…………ふう。これでダンジョンは閉じるでしょう。おっと、ダンジョンが閉じる前にアイテムを取った方が良いですね」
俺はボスモンスターから、討伐報酬の素材を手際よく回収した。
討伐報酬の回収は勇者パーティーでの俺の仕事だったため、手際の良さなら誰にも負けない自信がある。
「どう、して……お前のような荷物持ちが……」
勇者の発する蚊の鳴くような声に気付いた俺は、ブイサインをしてにっこりと笑ってみせた。
これが勇者には一番効くと思ったからだ。
「楽勝でした!」
俺の言葉を聞いた勇者は、何も言うことが出来ないようだった。
ただ口をパクパクとさせている。
討伐報酬を回収し終わった俺は、魔王リディアの元へと向かった。
「どうでしたか、俺の戦いは」
「スキルを使っている間が無防備すぎる。一人での旅は無理じゃな」
「やっぱりそうでしたか。そこが課題ですよね」
「何を言っておる。今のは、旅の仲間である妾にサポートを頼む場面であろう?」
無防備な状態の俺を守るサポート…………すごい、パーティーみたい!
思えば勇者パーティーでは、戦闘から離れた岩の陰などへ行ってから、ユニークスキルを使っていた。
スキル使用中に無防備になったとしても、誰も俺のことを守ってくれないと思ったからだ。
「仲間みたいですね」
「みたいではなく仲間じゃよ」
「……なんか青春っぽくて、むず痒いです」
そのとき、ダンジョンに光の粒が舞った。
そろそろダンジョンが閉じる時間のようだ。
光の粒が増殖していき、ぱあっと強い光を放った。
次の瞬間、ダンジョンは綺麗さっぱり無くなってしまった。
「……で、この男はどうするんじゃ」
魔王リディアが、座ったまま放心している勇者の脚を軽く蹴った。
蹴られたというのに勇者はまるで反応しない。
「ダンジョンが閉じたので、さすがに近くの村までワープしてくれるでしょう」
「……どうじゃろうな。妾は怪しいと思うぞ」
そう言われると心配になってきた。
勇者パーティーが全滅しそうになったことを知る三人を見殺しにして口封じなんか……しないよな?
まさかとは思うものの、どうにも不安は拭えなかった。
俺にはもう、勇者に対する信頼が欠片も残っていないようだ。
「リディアさん。旅の続きは、勇者パーティーを近くの村まで送ってからでもいいですか?」
「構わぬ。どうせ村で討伐報酬を換金する必要があるじゃろう。そのついでじゃ」
「ありがとうございます!」
俺は勇者パーティーの荷物から、ワープアイテムを取り出した。
そして俺と魔王リディア、倒れている戦士と僧侶と魔法使い、それに勇者を有効範囲内に入れて、アイテムを使用した。
* * *
飛んだ村は、俺が勇者パーティーとして最後に立ち寄った村だった。
この村の診療所は、村の端にあったはずだ。
「これ、連れて行けますかね……特に戦士」
僧侶と魔法使いはまだしも、体格の良い戦士のことはとても運べるとは思えなかった。
これまでの旅でも戦士が瀕死になった場合は、僧侶が回復するか、魔法使いが浮かせて診療所まで運んでいた。
一気に三人が瀕死の状態になったのは、実は勇者パーティーにとっては初めての出来事なのだ。
「動ける人間が三人いるから、誰かを呼んでくるよりも自分たちで直接運んだ方が早いですね」
実際のところ動ける人間は二人で、一人は魔王なのだが。
しかし今の魔王リディアの見た目は、人間のそれと変わらない。
耳が尖っているが髪で隠れているし、口を開けなければ牙も目立たないだろう。
診療所に入っても問題は無いはずだ。
「リディアさん、魔法で戦士を運ぶことは出来ますか?」
「妾を誰だと思っておる」
魔王リディアはいとも簡単に戦士の身体を宙に浮かせた。
「そっちの二人も妾が運ぶか?」
「あー、それはさすがに、目立ち過ぎると思います。複数人を浮かせて運ぶことの出来る魔法使いは、世界に数人しかいないので」
俺は丁寧に魔王リディアの提案を断ると、僧侶の身体を背負った。
そして勇者の肩を叩き、魔法使いを背負うように合図をした。
「……なるほどのう。ショーンの考えはよーく分かった」
「何の話ですか?」
俺が勇者に無理やり魔法使いを背負わせていると、後ろからジトっとした声が聞こえてきた。
「女のことは、ショーンが背負いたかったということか。ラッキースケベ的な考えじゃな」
「怪我人に対してそんなことは考えないですからね!? 俺はリディアさんとは違いますからね!?」
「……さすがはラッキーメイカーということか」
「俺のはラッキースケベを起こすユニークスキルじゃないですよ!?」
俺のことを訝し気な目で見つめる魔王リディアと、いまだに放心状態のまま足を動かす勇者と、ラッキーメイカーの俺、という不思議な三人組で、戦士と僧侶と魔法使いを診療所まで運んだ。
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