第5話
「いやいやいやいや」
「なんじゃ。イヤイヤ期か?」
「違いますよ!?」
俺は美少女……あらため魔王リディアのピントのズレた発言にツッコミを入れた。
しかしツッコミを入れている場合ではない。
俺がずっと会いたいと焦がれていて、世界征服を目論む魔王が、この美少女だって!?
一切の気配を感じさせず俺の真後ろに立ったことや、数秒で肉や魚を調達してきた手腕から、相当な能力者であることは確かだ。
だからこの美少女が強いことは分かるが……魔王?
さすがに信じがたい話だ。
「どうして魔王がこんなところを歩いてるんですか!?」
「言ったであろう。夜の散歩じゃ」
そっかあ。魔王も散歩くらいするかあ。
あまりにも当然のことのように告げられたため、妙に納得してしまったが、納得できる内容ではない。
「魔王が護衛もつけずに夜の山道を散歩するわけがないじゃないですか!?」
「護衛と言われても、妾が一番強いからのう」
そりゃそうかあ。魔王だもんなあ。
またしても納得させられそうになったため、大きく首を振って切り替える。
「王国で教えられた魔王の姿は、もっと巨大で屈強でまがまがしい感じでしたよ!?」
「妾は姿を自由に変えることが出来る。人間がたまたま見た妾の姿がそれだったのであろう」
確かに変身魔法が使えてもおかしくないかあ。今の美少女も本来の姿っぽくないもんなあ。
納得しないように意識したつもりだったが、またしても納得させられてしまった。
「…………じゃあ、本当にあなたが魔王なんですか?」
「そう言っておるじゃろう」
「証拠はあるんですか?」
「証拠と言われてものう。魔物には人間のように住民票があるわけではないし……そうじゃ!」
まだ信じられない様子の俺を見た、魔王リディアは焚火に手をかざした。
すると炎が空まで大きく燃え上がり、夜空に「I am MA・O・U」の文字を作った。
「これで分かったであろう」
「一気に胡散臭くなりましたよ!?」
俺が良い反応を見せなかったことに魔王リディアは頬を膨らませた。
拗ねた様子で空に浮かんだ炎の文字を消滅させる。
「この上ない魔王らしい魔法なのに」
それはどうだろう。
あれを見せられて「あなたは魔王だ!」とはなる人は少数派な気がする。
とはいえ、この美少女に魔王を名乗るメリットは無い。
信じられない話だが、きっと本物の魔王なのだろう。
そして。
「…………魔王のあなたには、他人のスキルを奪う能力は無い、ということですか」
魔王リディアは先程そう言っていた。
この言葉が本当なら、これまでの俺の旅は全くの無駄足ということになる。
「妾の能力は未知数じゃが、少なくともそういった魔法の使い方を妾は知らない。ゆえにお主のスキルを奪うことは出来ない」
がっくりと項垂れた。
魔王にスキルを奪ってもらう計画が崩れ去ってしまった。
「そもそも、どうして妾にスキルを奪ってほしいのじゃ。持っていることをバラすと危険なスキルなら、誰にも言わなければいいだけではないか」
魔王リディアが至極まともなことを言ってきた。
しかし、これにはちゃんとした理由がある。
「…………俺は、心が弱いので」
俺のユニークスキルである『因果を掴む力』は、欲しい未来に繋がる因果を選び取ることの出来る力だ。
例えばモンスターと戦う場合。
何もしないままだと、戦いに負けて殺される未来に繋がっているとき。
俺の能力で「モンスターを倒す未来」に繋がる「モンスターが岩山に攻撃を当てる因果の糸」を掴むと、モンスターの攻撃を受けた岩山が落石を起こし、その落石によってモンスターを倒す未来へと進むことが出来る。
つまり、よりよい未来を選び取ることが出来るのだ。
しかしこのユニークスキルを使うには多大なエネルギーが必要らしく、一日に何度も使うことは出来ない。
そしてこの能力はあくまで「まだ選択されていない時点の因果の糸を掴む能力」であり、過去に起こった出来事を変えることは出来ない。
すると……考えてしまう。
あのとき俺が、能力を使って別の因果を掴んでいれば、こんなことにはならなかったのではないか、と。
俺にはそれが出来る能力があったのに、と。
過去を悔やんでも仕方がないと分かってはいるものの、能力があるのに使わなかったことによる後悔は止むことがなかった。
誰でも過去にああすればよかったと後悔することはあるだろうが、その者は未来が分からないからこそその過去を選択してしまった。
しかし俺は、能力を使えば未来が分かるのだ。
さらに、より良い未来を選び取ることも出来る。
それなのに何もせず、悪い未来へ進んでしまった場合の後悔は、言葉では言い表すことが出来ない。
この後悔の大きさは、きっと誰にも理解されることはないだろう。
「もしこのユニークスキルが無かったら、俺は今よりも前を向いて歩けると思うんです。自分を責め過ぎず、過去を受け入れて進めると思うんです」
「自分を責め過ぎたり、過去を受け入れられなかったりは、お主の性格の問題ではないかのう?」
「……それもあるかもしれません。でもきっと『この能力を持っている』という、その事実が無ければ、もう少しは生きやすくなると思うんです」
魔王リディアは数回唸った後、ぽつりと呟いた。
「強すぎるがゆえに、呪われた力なのだな」
呪われた力。
「因果を掴む力」のユニークスキルを表現するのに、ピッタリな言葉だ。
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