いつかお嬢様になりたい系ダンジョン配信者が本物のお嬢様になるまで

鬼影スパナ

いつかお嬢様になりたい系ダンジョン配信者

いつかお嬢様になりたい系ダンジョン配信者



 石レンガの通路。ワインレッドのフリル過多なゴシックドレスに身を纏い、薄紫の縦ロールヘアーを振り乱しながら走る麗しのお嬢様。その後ろを大岩がゴロゴロと重そうな音と共に追いかけてくる。ブーツのヒールが走りに合わせてカッカッと慌てた音を立てていた。


「待ってくださいまし! 待ってくださいまし! 聞いてないですわこんな罠!」


 優雅さを投げ捨てて大岩から逃げるお嬢様の名前は、竜胆寺りんどうじカロナ。


 何故彼女が大岩に追いかけられるような目に合っているかというと――左手前に”コメント”の白い文字が浮かび、流れる。その白い文字たちは、カロナの逃亡劇を見ている視聴者リスナーからのコメントだ。

 現在、12人の視聴者がカロナの配信を見ており、そのうちの3人からのコメント。


”そりゃ、このダンジョンは罠ダンジョンだもの”

”低レートダンジョンでもちゃんと情報は調べるべきでしたわね”

”あ、カロナ嬢、今なんか踏んだ”


「え!? な、何を踏みまして――ッ!?」


 直後、バシュンと横から矢が飛んできて肩に当たる。ダメージエフェクトが発生して矢は消滅。緑色のHPバーが5ポイント分ガリッと削れ、赤色が少しだけ現れた。


 そう、これはゲームだ。

 カロナはこのゲームのプレイヤーであり、ドレス姿のお嬢様はゲーム内の姿アバター。大岩に追いかけられているのも、矢に射られたのも、そういうゲームだからである。単純に言えば、配信をしながらダンジョンを攻略するVRゲームだった。


 だがこのダンジョンのレート・・・は「1HP=100円」。

 つまり今の一撃で、500円が消滅したことになる。



「いやぁああああ!! わたくしの貯金残高が!! 500円あれば一体どれだけのモヤシが買えると思っておいでで!? 1袋20円としても25袋! つまり25食分ですわよ!?」


”モヤシ1袋で1食換算なのワロタwww”

”お嬢、もっと良いもの食べて……スパチャ解禁待ってます”

”カロナお嬢様。その大岩、推定ダメージ10万円ですわ。お気をつけあそばせ”

”あ^~、お嬢の叫び声が心地よいんじゃぁ~”


 カロナの反応に、勢いを増して流れるコメント達。

 その中にあった『推定ダメージ10万円』を見て、カロナの背筋が凍る。


「あの大岩に踏みつぶされたら10万円が、私のほぼ全財産がパァですの!? ばかなっ! これでクリア賞金10万円は割に合いませんわよ!?」


”えっぐ。10万円を餌に初心者から10万円搾り取るダンジョンかよ”

”だから、ダンジョンの要求HP最低値が1000だったんですね。悪質な”

”こういう初見殺しダンジョン、通報しても消えないんよねぇ。運営仕事しろ”

”初見殺しされる方が悪い定期”


 しかしそれを知ってもコメントの方々は暢気なもの。

 それはそうだ、視聴者はただ見るだけなら1円も払う必要はなく、基本無料で配信者の破滅を見ることができるのだから。所詮は他人――くっ、とカロナはどこからか取り出したハンカチで出ていない涙を拭いた。およよ。こんな時でもお嬢様ムーブは忘れないのだ。


 しかしカロナの向かう先は行き止まりまで一直線。石レンガの壁がカロナの前に立ち塞がる。

 後ろには大岩。左右に避ける隙間もない。絶体絶命のピンチだ。



”諦めたら? 現実のダンジョンと違って死ぬわけじゃなし、また出直せww”


 またひとつコメントが流れる。その荒らし寄りの敵意ある言葉に、カロナはクワッと目を見開いた。


「ゲームだから命は賭かってない? いいえ、お金は命。私達B-Caster――バトルキャスト配信者は、まさに命を懸けて戦っているのですわ!」


 カロナは壁に向かって走りながら振り返る。すぐ後ろに大岩が迫ってきていた。大岩と両側の壁に隙間は1センチすらもなく、石レンガの通路にぴったりにあつらえられていた。

 後ろ走りをしながらもアイテムボックスを開き、リボンのついた日傘を取り出す。


”お嬢ーーーーーーー!!!”

”逃げて! 横、横とか!? いやぜんぜんないな隙間!!”

”はーい10万円ゲットぉー!! 養分ありがとうございますww”


「……ここッ!!」


 掛け声と共に、カロナは大岩と壁の隙間に日傘を投擲した。そこにほぼ隙間はない。が、故に傘がそこに挟まり――ガリガリと壁と岩に擦れながら大岩を止めた。


「おほほほほ! やりましたわ、詰まりましたわ!!」


”えええええええええええ”

”おいおいおいww どうなってんのコレww”

”は? チート乙。通報するわ”

”お、このダンジョン作ったマスターが紛れてるぞ。ねぇどんな気持ち? ねぇどんな気持ち?”


「あらあら、チートではございません事よ? もしかしてあなた、ドアストッパーをご存じない? 小さな楔でも、隙間に挟めば止めるくらいはできるものでしてよ」


”ただの日傘が、大岩を止められるわけないだろ! チートだチート!”


「いえいえ、これは特注アイテム『ミスリル製日傘』のメリーちゃんですの。欠点は重くて普段使いが出来ない点かしら。とっても頑丈ですのよ? ほーらこの通り」


 と、カメラで岩と壁に挟まった傘を拡大して映す。

 その傘は、岩と壁に削られ、骨組みがヘシャと曲がり、布が捲れて破れ、無残に垂れたリボンがぽとりと床に落ちた。それはまるで、10年使い古したボロ雑巾のようであった。


「ああーーーーーーー!! メリーちゃぁぁーーーーーん!? なんてこった、3万円で特注した傘がボロボロですわぁあああ!!!」


”意外と安くて草。ミスリルケチったか?”

”まぁマイナス10万円を3万円のアイテムで回避したと思えば……”

”傘の名前メリーちゃんか。空飛びそうだな”


 お気に入りの傘がボロボロになり嘆くカロナ。少しでも素材を回収しようとずぼっと引き抜くと、そこからピシピシと大岩にヒビが入って……ガラッと崩れた。


「……ん? 岩の中に何か入ってますわね?」


 崩れた大岩の中に、きらめく何かを見つける。更に岩の残骸を取り除けば、そこにはこのダンジョンのゴールである長い半透明の六角形クリスタル――ダンジョンコアが入っていた。低レートダンジョンのため、緑色のダンジョンコアだ。


 このダンジョンコアを砕けば、ダンジョンはクリアとなる。


「あら? あらら? 良いのかしら、これ、ダンジョンコアですわよね?」


”見つかっちまった……ちくしょう! 最高の隠し場所だと思ったのに!”

”岩から逃げればダンジョンはクリアできない。この発想はなかった”

”こうやって難易度調整してたから審査通ってたんだ。なーほーね”


「……ほーん。そういうこと。そういうことでしたのね! なんて意地の悪いおダンジョン様なのかしらッ! でもこれなら本日のタイムセールに余裕で間に合いますわね!」


 ダンジョンコアを高く持ち上げ、地面に叩きつけて割るカロナ。

 Congratulation!! とダンジョンクリアのエフェクトが浮かび上がった。


「クリアですわ! オーッホッホッホげふげふごふっ、く、わ、私の勝利、ですわよっ」


”お嬢、高笑い無理すんな。クリアおめー”

”今日も破産は免れたね。今後も応援してる”

”今宵は賞金で焼肉ですの? おセレブですわね!”


「オ、オホホホ。ちょっと祝杯のシャンパンでむせただけですわよ」


 慌てて高笑いの失敗を取り繕うカロナ。ダンジョンも早めにクリアできたし、これは昼のタイムセールに間に合いそうだったので、締めの挨拶に入る。


「こほん。皆様方、本日も配信御視聴ありがとうございましたですわー! 目標金額1億円、ゴージャスで優雅なお嬢様ライフを目指す竜胆寺カロナ! これからもお嬢様目指して邁進していきますわー! カロナイトの皆さま、おつカロナー!」


”おつカロナー。タイムセールいってら”

”おっつおつー”

”楽しかったよ、おつカロナー”


 カロナは挨拶を見届けて、配信を終了し、ログアウトした。





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