第79話 「弟ってのは、姉のワガママに振り回される宿命だろ」

 モタモタと隣室へ歩いていく綾子あやこを見送った姉さんが、探るような目を向けながら訊いてくる。


「ラジオを用意しろとか、何するつもり?」

「俺が何かするワケじゃなくて、何をされてんのかを理解してもらう」


 ピンと来てない様子の鵄夜子しやこが首をかしげていると、ポケットサイズとは言えないがポータブルサイズではあるラジオをかかげて、綾子が戻ってきた。


「弟くん、こんなのでいい?」

「ああ、問題ない。あと、TVつけてくれるかな。チャンネルは適当で」


 綾子はリモコンを操作し、朝からテンション高い子供向け番組に合わせる。

 俺はラジオの電源を入れ、ダイヤルをいじって少しづつ周波数を変えていく。

 耳障りなノイズや懐かしい洋楽、DJの喋りなどがスピーカーから流れた後、TVと同じ音声が手元から発せられた。

 綾子と鵄夜子が、不審げにラジオを凝視ぎょうししているので、種明かしをしておこう。


「これは、ラジオが放送局とは関係ない電波を拾った結果だ」

「裏技でTVの音だけを流してる、みたいなのじゃなくて?」

「どういう技だ。今、自分の声もこのスピーカーから聴こえただろ。電波の出所でどころは、この部屋のどこか……ぶっちゃけて言えば盗聴とうちょうされてる」


 二人がラジオを見る表情が、更に強張こわばったものに転じた。

 俺が明言したことで、盗聴をしている犯人にはおそらく状況が伝わる。

 盗聴がバレているのを隠し、偽の情報で罠にかけるって方法も考えた。

 しかし、どうにも荒っぽさが目立つ相手なんで、予期せぬアクションを繰り出してくる可能性が否めない。

 なので、逆にコチラを警戒させて行動を制限した方がいい、と判断しての発言だ。


「ととっ、盗聴っ? 盗聴器を仕掛けられてるのっ!?」

「たぶん。ちょっとアチコチ調べるぞ」


 俺の言葉に、真っ白な顔でコクコクうなづく綾子の肩を、鵄夜子がそっと抱く。

 盗聴や盗撮の事実を知った人間の反応は、大体が似通った感じになるな。

 そんなことを考えつつ、ラジオを手にウロウロして反応が強まる場所を探す。

 この辺だろうな、と見当をつけていた電話台に近付けば、スピーカーからの音にノイズが濃くなる。


『みーんなー「ザリザリッ」かなー? よーし、それ「チュィイイイッ」だよーっ!』


 無駄に元気ハツラツな進行役の声が、所々雑音で掻き消される。

 電話本体に組み込まれてるかと思ったが、反応からして微妙に違う。

 細かく位置を変えて探っていくと、コンセント周りが最有力容疑者として残った。

 コンセントボックスや電話線に仕込まれてると、分解が面倒だが――


「ここらのプラグ、抜いても平気かな」

「特に問題ない……と思う」


 一応は綾子に確認をとってから、まずは二股の電源タップを引き抜く。

 抜いたと同時に、ラジオからの音声が途絶えた。

 タップの裏側を見れば、変な記号がマジックで描かれている。

 一周目で遭遇した盗聴器もコレに似たタイプが多かったが、どうやらビンゴだ。


「あった……こいつだ。この中に、盗聴器が仕込まれてる」

「あっ、うん……コレって、今すぐブッ壊した方がいい!? 壊すよ!?」

「待て待て。このタイプは基本、外したら機能しない。コンセントから電源供給されて作動する。ついでに言えば、さってる限り壊れるまで動き続ける」

荊斗けいと、あんた……どうしてそんなに盗聴に詳しいの」


 テンパッてやたら攻撃的アグレッシブになっている綾子に代わり、ドン引きな気配を漂わせた鵄夜子が訊いてきた。

 仕事でしょっちゅう見たから、とも言えないんでちょっと困る。

 またサブカル雑誌を持ち出すのは、怪しまれそうな気がしなくもない。

 粗雑な噓を重ねてると不意に破綻する危険もあるんで、事実にホラを混ぜていく形にしとくのが無難だろう。


「俺の友達にも芸能人がいてさ、そいつが過去にまぁ色々あったんで、セキュリティにスゲー気を使ってんだよ。それで盗撮とか盗聴の対策法も聞いてたから、それで」

「そうなんだ……誰なの、その友達って」

「元子役の、榛井はるいしょう。高校が一緒なんだ」


 桐子きりこの芸名を出すと、二人は少なからず驚いた様子を見せる。

 俺の謎めいた交友関係が初耳の鵄夜子が、更に質問を重ねてきた。


「え、めっちゃ有名人……だけど、もう引退してるんじゃ?」

「いや、ゴタゴタあって休業してるだけで、そろそろ復帰するってさ」

「そうなんだ……アヤちゃんもだけど、有名人ってのは大変だね」

「同感だけど、当事者はそれで終わらせられないからな……で、どうする? というか、どうしたい? 佐久真さくま珠萌たまもとしては」


 芸名で問い掛けると、うつむき加減に考え込んでいた綾子が、顔を跳ね上げる。

 条件反射的に体が動いただけらしく、その表情は迷いとまどいが半々だ。

 

「どう……すればいい、のかな」

「どうするもしないも自由だ。汝の欲するところを為せ、ってな」


 眉間にシワを寄せた鵄夜子が、何事か言おうとするのが視界の端に入る。

 その顔前に右手を伸ばして制止し、発しかけた言葉を飲み込んでもらう。

 黒髪をワシャワシャ掻き回す綾子に、一つ咳払いしてから低めの声で語りかけた。 


「何が何だかわからない時は、状況を単純化するのがいい。綾子さんは今、正体不明のストーカーの標的になっている。犯人は一人なのか複数なのか不明だが、室内に侵入して盗聴器を仕掛ける程、身近にまで迫っている。それを踏まえて、どうしたいかだよ」

「……こんな状況、早く終わらせたい」

「うん、じゃあその方向で考えよう。終わらせるにしても、終わらせ方はいくつもある。まずは、優先順位を決めるのがいいかもな。とにかく身の安全を確保するのか、芸能活動や大学生活への悪影響を避けるのか、ストーカーに反撃して徹底的に潰すのか」


 選択肢をせばめて思考を単純化させる論法を繰り出すと、綾子は頭を抱えるようなポーズで体を丸め、わかりやすく悩んでいる様子を見せる。

 鵄夜子はそんな後輩をしばらく眺めた後で、俺をジッと見据えてきた。

 たぶん今の俺は、姉さんの知っている「いつもの俺」の姿から、だいぶ離れているハズ。

 言い訳なり説明なりしておくべきだろうが、とりあえずこのタイミングじゃないか。


「ねぇ、荊斗」


 名前を呼ばれて鵄夜子の姿を探すと、部屋の隅に移動して手招きしている。

 綾子に聞かれたくないんだな、と判断してそちらに向かうと、案の定ヒソヒソ声で話しを始めた。


「思いっきり巻き込んどいて、何だけど……あの子が今後どうするか決めたとして、アンタは?」

「弟ってのは、姉のワガママに振り回される宿命だろ」

「よくわかってるじゃない……なら、アヤちゃんを守ってあげて」

「まぁ、無理しない程度には」


 無茶はするかもしれんがな、って宣言を胸にしまって応じると、鵄夜子は屈託くったくありげな笑顔を浮かべる。

 姉さんを安心させるために、何かしらの説明を用意しないとな。

 説得力ありそうな設定を組み立てていると、丸まっていた綾子が不意に顔を上げた。


「決まったかな?」

「うん……一番大事なのは、体と心の安全。次に、今の生活環境」

「OK、わかった。じゃあ俺と姉さんは、そういうつもりで動く。細かい方針や計画は、これから詰めていこう……と、その前に」

「えっ、何っ?」

「この部屋クッセェから、まずは掃除とゴミ捨てだ。ゴミの回収日は?」

「きょ、今日であります……ハイ」


 悪臭を遠慮なく指摘すると、赤らんだ顔を背けながら綾子が軍人っぽく答えた。

 やはりニオイが気になっていたらしい鵄夜子は、「ナイスだ」と言いたげに俺に向けて親指を立てる。

 普通に捨てると、またストーカーに回収される危険があるので、収集車に直接ぶち込む方法を選択。

 いつも九時過ぎに回収されるそうなので、その時間に合わせて俺が持っていくことに。


 不安と恐怖をまだ引きずっている綾子の動きはまだ鈍いので、俺たち姉弟が中心になって片付けを進めていった。

 掃除機をかけ、ゴミをまとめ、部屋を整頓し、盗聴器や隠しカメラを探す。

 そんな作業を続けている内に九時が近くなったので、三つの袋を持ってマンションの敷地外にあるゴミ集積所に向かう。


「ん? 消えてるな」


 目立つ場所に吊るされていた、裸の人形が見当たらない。

 ザッと周囲を確認するが、落書きが増えた様子はなく、貼り紙などもないようだ。

 犯人が回収したのだとすれば、目撃されそうな状況でもお構いなし、って程に頭が温かいワケでもないのは、プラス材料と考えるべきか。

 マイナス材料ばかりの状況では、焼け鉄板に水くらいの影響だが。


 エレベーターで五階分を降り、マンションを出てゴミ捨て場へ。

 まだ半透明や透明を強制されていないので、積まれているのは黒い袋が目立つ。

 収集車が作業中に流すメロディが、そう遠くない場所から聴こえた。

 数分で来るだろう、とゴミ袋を地面に置いて軽く伸びをする。

 グキグキと鳴る肩関節の音に混ざって、早足でコチラに近付いてくる人の気配が。


「来るかもな、とは思ってたがホントに来るのかよ」


 呆れ半分に呟き、近付いてくる相手を視認する。

 三十には届いてない雰囲気の男で、中肉中背と呼ぶには少しばかり太ましい。

 怒気どきの滲んだ視線を感じるので、ただの通行人と解釈するのは無理だ。

 身のこなし的に一対一で負ける気はしないが、ポケットに突っ込んだ右手に強い緊張があるのが見過ごせない。

 ゴミの山から重量のある袋を拾い、いつでもブン投げられるように備えつつ、相手の出方を窺う――

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