第39話 「暴力や権力を使いこなす練習ってとこか」
桐子に先導され、
見事にどこからも見えない死角になっていて、いかにもヤンキーが喫煙スペースにしてそうな場所だな、と思えば案の定アチコチに
「ここはアレか、
「大体そんなんだね。あいつら、合鍵をいくつも作ってたから、一つパクっといた」
風にモサい髪を
まだ何回か話しただけだが、いつものオドオドしてるのは演技で、素の性格は結構な図太さなんじゃなかろうか。
訊きたいことは色々とあるが、まずはどこから始めるべきかを迷っていると、桐子の方から話を切り出してきた。
「さっき、
「脅迫、ねぇ……連中の要求を突っぱねたのか」
「アタリ。平たく言えば、女を紹介しろっていうのを断った」
「あー、そういうパターンか。絶対に面倒なことになるけど断るのもひたすら面倒な、最悪のやつだ」
「ホントにそうなんだよ……これまで二回断って、三回目にこのザマだよ」
苦笑いをしながら、
こうなるのは予期できただろうに、それでも断らなきゃならなかったのは「知り合いの芸能人を紹介しろ」とでも言われたのだろうか。
少し考えれば無理だとわかりそうなものだが、一定ラインを超えてるアホには常識が通用しないからな。
「雪枩も公認してるのか、羽瀬からの脅迫は」
「いや、たぶん羽瀬先輩の独断、じゃないかな。トイレについてきたの、羽瀬派のやつらだけだったし」
「派閥なんてあんのか。最近はヤンキー集団も複雑化してるんだな」
「トップが雪枩先輩ってのは揺るぎないけど……下の方になるとだいぶゴチャゴチャしてる印象だよ、人間関係」
「へぇ……それで、何人ぐらいなんだ、あのグループは」
俺からの質問に、桐子は
どうやら、自分が属している集団の構成に、殆ど興味がないようだ。
「たぶん……校内だけだと十五人前後、かな? 他の学校の生徒とか、学生じゃないメンバーとか、そこらへんも合わせると……倍よりも多くなりそう」
「三十人以上とは、結構な大軍団だな。人が寄ってくるのはやっぱり、雪枩にカネがあるのが理由か」
「それもあるけど……理由は人それぞれだね。羽瀬先輩なんかは、とにかく好き勝手に暴れるのに都合がいいから、だろうし……女にモテたいとか、不良としての
悪名だろうと、不良にとっては勲章になる、か……
この時代に限ったことではないが、広く知られた界隈で仲間内と認められているのは、それなり以上のステータスになる。
有名人と仲良しアピールが「虎の威を借る狐」と笑われながらも使用され続けるのは、それが極めて有効だからだ。
「主な活動みたいなのは、決まってんのか?」
「どうだろ……特にコレ、ってのは無いような。対立関係のグループと喧嘩したりとか、やたらと人を呼んでパーティ開くとかあったけど、それも別に目的って感じでもないし」
「全員が集合するような機会も、あんまりなさそうだな」
「もしかすると、一度もないかも……考えてみると、かなり
桐子の言葉に、ますます雪枩たちの得体が知れなくなる。
何の目的もない不良グループ、なんてのは無数にあるだろう。
しかし、三十人もいて活動指針が特にない、ってのは少々レアだ。
特にやることが決まってないだけで、不良っぽい悪行は日常的にやらかしているのだろうが、それにしても腑に落ちない。
俺が「平成」で見聞きした感じだと、こういう連中はヤクザを始めとする反社とガッツリつながっていて、いずれ裏の世界に取り込まれていくのが定番だ。
だがリーダーの雪枩は、出自からしてそのコースに進むのはありえない。
ヤクザを利用できる地位が約束されているのに、わざわざヤクザになるのは
となると、雪枩にとって仲間たちに囲まれた現状は――
「暴力や権力を使いこなす練習ってとこか……単に、親が与えたヒマつぶしのオモチャかもしれんが」
「えぇと、何の話?」
「金持ちのボンボンな雪枩が、どうして不良グループを率いてんのか、そこが引っ掛かったんで理由を考えてた。近くで見てる立場として、桐子の意見はどうだ?」
腕組みした桐子は、しばらく首を捻った後で答える。
「うーん……雪枩先輩の父親がそうしろ、って言ったからじゃないかな」
「やっぱりそうか。本人としては、イヤイヤなのかノリノリなのか、どっちだ」
「ノリノリ、だろうね。誰かが殴られたり土下座したりの最中は笑顔だし、一方的に暴力を振るっている時は本当に楽しそうにしてる。対象が男でも女でも、子供でも老人でも、先輩の態度は変わらない……根本的にクズの中のクズだよ」
最後にポロッと、桐子の本音らしきものが漏れた。
自分が目にした雪枩たちの
すっかり地味キャラの演技が消えた桐子を見ていたら、以前からの疑問が半自動的に口を
「そんなクズと、どうして一緒にいるんだ」
「それは、何というか……色々と、事情があって……」
「雪枩先輩の父親がそうしろ、って言ったから?」
さっき聞いた言葉を繰り返すと、桐子の表情が一瞬で硬化した。
まるで「ピシッ」とヒビの入る幻聴を伴ったかのような、見事な固まり方だ。
だがそれもすぐに、見慣れつつある気弱な笑顔へと転じて消える。
「僕からは、何とも……まぁ、どうにもならないことも、あるんだよ」
「どうにかしたい、とは思わないのか?」
「思わないようにしてる、ってのが正直なとこだね」
「だったら――」
更に踏み込もうとした俺の鼻先に、桐子は広げた右手を突き付ける。
感情の抜け落ちた微笑の中には、拒絶の色合いが濃く浮かんでいた。
「
「でも俺が個人的な感情で、雪枩たちを潰しにかかるのは――」
「それもヤメてほしい。僕は……とにかくね、今の生活を続けなきゃならないんだ。トイレで助けてくれたのは、本当に感謝してる。だけど、これ以上はもう……」
抱えているものを隠したまま、桐子は完全に一線を引いてしまった。
ここまでコイツを
それを訊いたところで、まず間違いなく答えは期待できないだろう。
重苦しい沈黙を破るように、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「薮上君、そろそろ戻らないと」
「そうだな……しかし靴跡は消えたけど、汚れはどうにもならんな、そのシャツ」
「これの説明も面倒だし、体もアチコチ痛いから、今日はもう早退するよ」
「お、おう……なぁ桐子、本当にギリギリで、もう限界だってなったら……」
「その時は、お世話になるかも。五時間目が始まる前に帰りたいから、先に行くね」
校舎内に戻り、非常階段に続く扉の鍵を閉めた桐子は、振り向きもせずに小走りで遠ざかる。
取り残される俺との距離が、そのまま心の距離になったかのようだ。
桐子はきっと、どこまで追い詰められても何も言わないだろうな、と確信させた。
心配事が山積みの雰囲気だが、まず昼飯を食いそびれてしまった今日の俺は、どうやって空腹を誤魔化せばいいのだろうか。
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