第5話 「行くぞ、9番がっ!」
軍服マッチョ、略してグンマは
攻撃の意図はなさそうだが、何をするつもりだ――と
「ま、そういうワケだからよ。お前みたいなガキは、お呼びじゃねえんだ。サッサと回れ右して、あのドアから出て、全部を忘れろ……な?」
親切ごかして言いながら、方向転換させようと俺の両肩を掴んできた。
強者の余裕、みたいなものをアピールしたいのだろうが、笑えない冗談だ。
もしかすると、馬鹿野郎の演技をしてコチラを試している可能性もある。
不意に致命的な攻撃が来るかもしれないし、少し様子を見るべきか。
「ホラホラ、帰りは逆方向――おっ? んんっ?」
グンマは押したり引いたりしてくるが、その全てをフワッと受け流す。
純粋な筋力では対抗できなくても、こういう曲芸的な技術を駆使すれば、今の俺にでも無効化は
「おいおーい、遊んでんなよー」
「ビビらせたら泣いちゃうだろ、女の子を助けに来た純情ボーイくんが」
「ケハハハハハッ! 何か前に流行ったよなぁ、こういうオモチャ!」
どうやら、
不機嫌そうだったリーダーも、ゲラゲラ笑って妙な感じに盛り上がっている。
たぶんコイツが言っているのは、音に反応してクネクネと動く花のオモチャ『フラワーロック』のことだろう。
「チッ! ナメてんじゃ――」
パンチが俺に届くまでに、余裕で三発はブチ込めそうな程にトロい。
しばらく泳がせてみたけれど、こんな感じならもう警戒する必要もないな。
「おぅらっ――たっ、のぁっ⁉」
ヘロヘロな右拳をスウェーで素通りさせ、前のめりになったグンマが体重を乗せている左足を払う。
「へぶっ! う、あぶぁ、ぬぐぅぅぅ……ぅぶっ! ぷぇっ!」
何が起きたのか理解できない様子で、全員の目と口がフルオープンだ。
そろそろかな、と判断した俺は瑠佳を見据えて、落ち着いた声で問う。
「本当に大丈夫なのか、おい」
「だっ、大丈夫……じゃ、ないかも」
答える瑠佳の声は、さっきまでと同じく酷く震えている。
けれどコチラを見詰め返す目からは、薄暗い
「俺はどうすればいい、サメ子」
「助けて……ケイちゃん」
俺が小学校時代の
瑠佳の周りの三人は、展開についていけてないようで、無意味にまごついていた。
こいつらの今やるべきことは、俺を囲んで動きを封じてからの一斉攻撃か、瑠佳を締め上げたり刃物を突き付けたりで俺に降伏を迫るか、そのどちらか。
なのに、何のアクションも起こしていない時点で、話にならない無能だ。
おそらくは仲間内で最も戦闘力が高かったグンマが、ごく普通の学生にしか見えない俺に瞬殺された混乱があるにしても、余りに
コイツらはもう、チャチャッと片づけてしまおう。
そう決めると、近くのテーブル席の前へと移動する。
「じゃあサメ子、頭を抱えて丸まれ」
「えっ――うんっ!」
どうして、と訊き返そうとしたのをすぐに切り替え、瑠佳がその場にしゃがむ。
小太りとグラサンとリーダーは、この
ついでにカウンターの店員を確認すると、ハイネケンの缶をグシャッと握って、中身を盛大に
「さて、と……行くぞ、9番がっ!」
「おごっ――」
テーブルの上から灰皿を拾い上げ、サイドスローでブン投げた。
黄色と白のボールが描かれたガラスの円盤は、猛スピードで数メートルを
標的となった小太りは無反応のまま、
灰皿は砕け、小太りは
「はっ……ふぁあああああぁっ⁉」
それで正気に戻ったのか、倒れた小太りと倒した俺を交互に見ていたリーダーとグラサンが、フッと
「なっ、何して……おまっ、お前マジでっ……何してくれてんだぁ! オォオウ? ブッ殺すか? 殺されんのか⁉ ボケがよぉ!」
「ざけてんじゃねぇぞっ、オイッ! シャレんなってねぇかんな、マジ死んだぞ、あぁあああ? オイ、オイ! てめぇマジ死んだぞ、今日この、ここでっ!」
やっと脳まで血が巡って、二人は戦闘態勢に入ったらしい。
こんな油断した動きが出来るのは、どんな攻撃も返せる自信があるか、単なるド素人のクソザコってことになるが――
「クソザコだな、こりゃ」
「あぁ⁉ てめぇええ今ぁ、何つっ――」
ビリヤード台に置き去りのキューを握ると、オラつきながら近づいてくるグラサンの首を狙って、
「げゅっ」
無警戒のままノドを潰されたグラサンは、膝から崩れて床に突っ伏して「コヒュー、パヒュー」と変な呼吸音を繰り返すばかり。
俺が中ほどで折れたキューを捨てると、リーダーは別のキューを両手で構え、上段で大きく振りかぶった。
「ナメてんなよ、クソガキぃいいいっ!」
「ナメられてるアンタらサイドにも、だいぶ問題あるぞ」
「てめぇ……泣きを入れても、もう無理だぜ? マジでブッ殺されんぞオォウ⁉」
「口数が多いし口も
クイクイ、とブルージーな
これまで何度も目にしてきた、人がマジギレする瞬間のパターンその1だ。
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