北海道で怪奇事件発生中

 渡された新聞を広げ目を通す。

 ここに何が書いているんだろう、と書かれている見出しを片っ端から読むが、めぼしい内容が見つからない。これ以上探しても無駄だと感じた伊吹は、新聞をたたんでテーブルの上へ置く。そして、ため息を一つだけ吐いて口を開いた。


「一通り見たんですけど、何にもないっていうか、普通の出来事っていうか……」

「ちゃんと見たのかい?」


 おばあちゃんの言葉に訝しみながら、うなずいた。


「しかたないねぇー」


 腰を少し上げ、伊吹の前にあった新聞を手に取ってパラパラと捲り「あぁ、これだこれ」と、言いながら新聞を折りたたみ渡された。


「え? どこっすか?」

「ほれ、ここだ」


 指さされた記事を目で追う。


(は? 小さくないか、これ)


 指をさされた場所は、広告のすぐ上に小さい見出しと数十行の文章だった。新聞をわざわざ出してくるくらいだから、トップ記事か中見出しのニュースかと思ったら全然違った。肩透かしもいいところだ。それでも読むように言われたのだから、従うしかない。


「か、かい……き? 事件が発生って」


 見出しには『怪奇事件、今月に入って5件目。原因解明出来ず』と書かれていた。

 読み進めると、どうやらツーリングのために北海道に訪れている観光客がターゲットの事件で、必ず単独で無人のライダーハウスに泊まった時にだけ起きるらしい。しかも、すべて絞殺をしようとしたのか首にうっすらと痕が残っていたということが書かれていた。


「この事件のことがあって勧められないって言ったんですか?」


 伊吹の言葉にうなずくおばあちゃん。


「犯人は?」

「わからないらしい」

「え? だって、首を絞められたんですよね? それなら部屋の中に指紋だったり、足跡だったり、何か形跡があるってことは?」

「それが不思議なことに何もないらしい」


「そんなことってあるんですか?」

「だから、怪奇事件って書いてるんじゃないかい?」

「あー……、確かに」


 伊吹は、記事に目を落として読み返してみたが、何度読んでも不可解極まりない。新聞の小さな記事じゃ埒があかないと思い、ポケットからスマートフォンを取り出し検索をする。検索をした中で、ツーリング仲間同士のやり取りを見つけた。


 @rider12:北海道ヤバいらしいな

 @tocy76:らしいよ。ライダーハウスで首絞め事件だろ?

 @KAIRI_BIKE:捜査も難航してるって話だし、落ち着くまで有人のライダーハウスか、ホテルか

 @rider12:宿代もったいたくね?

 @KAIRI_BIKE:だよなー。死んではいないらしいし、ここは金ケチって絞められにいっとく?

 @tocy76:チャレンジャーだな。

 @KAIRI_BIKE:だって、俺来週北海道いくんだよ

 @rider12:まじかー

 @KAIRI_BIKE:手がかりゼロらしいから、俺が行くまでに解決してるなんて、犯人が自首してくるしかなくね


「結局、手がかりなしか」


 ガクッと肩を落とし、スマホをテーブルの上に置いた。


「悪いことは言わねぇから、安全に旅したいなら人がいるところに泊まることだよ」

「ですよねぇー」


 じゃあ、と伊吹は、地図を取り出しおばあちゃんに見せた。そして、指で地図の道をなぞりながら説明を続ける。


「俺、このオロロンラインっていうのを使って自転車で稚内まで行こうと思ってるんですけど、良い感じで格安のライダーハウスってあります? 無料じゃないやつで」

「んー、どうだろう?」


 記憶をたどるようにおばあちゃんが地図を見つめ考え込む。


「オロロンラインは、日本海沿いに真っ直ぐな道で、良いドライブコースって言われてるんだけど、みんな車でいくからねぇ」

「自転車だとやっぱ大変ですか?」

「大変もなにも……」


 おばあちゃんの口から呆れたような声が漏れる。キョトンとした顔をしながら伊吹は「そんなに?」と呟く。


「はぁー、だから内地のもんは……」

「でも、俺、日本のすべての都道府県を巡ってうまいもんに出逢いたいんですよ。今日のホッケのフライみたいに、知らない食べ物に出逢ったり、いままで調理したことのない食材を使ってごはんも作ってみたいし」

「380キロもあるんだよ? あ、でも日本一周なら微々たるもんかね」

「大丈夫! 俺、体力だけは自身あるんで。任せてください! 心配無用です!」


 ――……そう言った、あの時の自分を殴りたい。


 伊吹は今、猛烈に後悔していた。


 漕いでも漕いでも変わらない景色。最初は、北海道すげぇ! 北海道はでっかいどー、と感動していたけれど、いつまでたっても変わらない景色に辟易していた。


(でかすぎるんだよ、北海道。クソッ!)


 それに、2日目の今日は心なしか漕ぐスピードも落ちてきた気がする。体力に自信があるって、どの口が言ったんだよ。本当に疲れた。

 昨夜は安いライダーハウスに他の客と雑魚寝したせいで体がバキバキで痛いし、疲れも取れなかった。こんなことなら先が思いやられる……。本当に、46都道府県制覇なんて出来るのだろうか、とつい弱気になってしまう。


「あぁあぁぁぁぁぁーーー!」


 まだ2日しかたってないというのに弱音を吐くなんて最低だ。

 自分の思考を断ち切るように、ペダルに重くなった足を掛け一心不乱に漕ぎ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る