第59話

 昨夜。

 事件を解いてからしばらくして、王は満面の笑みを浮かべてシャロンに歩み寄った。

「いやあ。さすがでした。見事な手腕です。伊達に歳は取ってませんね」

「殺すわよ」

「ハハハ。冗談ですよ」

 王はそう言うが私はそんな気分じゃなかった。色んなことが起きすぎたせいで呆然としている。大切な友人を失い、心にぽっかりと穴が開いていた。

「それで」と王は少し寂しげに微笑む。「なにをご所望で?」

「そうね。契約になかったスパイを見つけてあげたのだからどんなものでもいいでしょう?」

 王の顔が引きつった。

「も、もちろんです……。約束ですから……。大きなものでしたら部下に家まで運ばせますよ」

「そうね。じゃあこの城ごとうちの庭まで運んでもらおうかしら」

「え?」

「冗談よ」

 シャロンがそう言うと王は安堵した。

「勘弁してください。あなたならやりかねないんですから」

 たしかにそうだ。

 シャロンは面白そうに笑った。

「欲しいものは自分で持って帰るわ。だから運んでもらう必要もないわよ」

「ほう。持って帰れるサイズでしたか」

 王は幾分か安心していた。持って帰れるとなれば大きな絵画や陶芸品などではないみたいだ。

「それで、一体なにを?」

 王が問うとシャロンは頬を赤くして私に隣に来た。

 そして顔を背けながら裾をちょこんと摘まんだ。

「…………これにするわ」

 私は驚いて言葉を失った。シャロンは目を合わせようとせず、斜め前のカーペットを見つめている。

 王はポカンとしてから嬉しそうに笑った。

「あはは! あーよかった。ええ。ええ。それでいいなら大歓迎です。君もそうだろ? ミスターアル・ホワイト?」

「えっと……」

 私は混乱していた。まさか自分が選ばれるなんて夢にも思ってない。貴重な美術品や魔法道具なんかを欲すると思っていたのに。

 シャロンはなぜかむっとして顔をあげた。

「もちろん移動用よ? 言ったでしょう? この体は疲れるって」

「いや、それは分かってるんですが……。その、どれくらいの期間ですか? 私にも仕事があるので」

「そうね。移動用なんだからあなたが動けなくなったらいらないわ」

 それって何十年後だ?

 困惑する私の肩を王は楽しげに叩いた。

「期間なんて気にしないでいいじゃないか! これはとても名誉なことだ。あのシャロン・レドクロスに選ばれたのだからね。なあに心配はいらない。今まで通り給料も払うし、なんなら特別な役職に就けよう。そうだ。今回の事件を解く手助けをしたんだから一階級上げて大尉にしてもいい。もちろん受けたらだけど。答えは当然イエスだろ?」

 王はニコニコ笑いながら顔を近づけた。その威圧感に負けた私は小さく嘆息し、仕方なく頷く。

「……栄誉ある役職。謹んでお受けいたします」

「すばらしい!」

 王は拍手をし、シャロンは嬉しそうに笑い、私に言った。

「ならさっそく最初の任務よ。大尉。ここにあるスイーツを一種類ずつお皿に盛ってちょうだい」

「……仰せのままに」

 私は大尉となって初の任務をそつなくこなした。

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