第50話
海からホテルに戻ると受付で言伝を聞かされた。
「今日の夜七時に晩餐会がありますから手土産を持ってご参加を。レイブンと言う人がそう仰ってました」
手土産とはもちろん事件の真相を指すのだろう。
「……分かりました。ありがとうございます」
私はお礼を言って腕時計を見た。どうにか間に合いそうだ。
ロビーのソファーでくつろぐシャロンに伝えると小さく頷いた。
「そう。そろそろここでの生活ともお別れね」
まだなにも聞かされていない私は不安になった。
「あ、あの……。本当に事件を解決できるんですか?」
「多少の運は絡むけど全てが順調に行けばね。さあ。さっさと終わらせて明日はナルンでスイーツ巡りといきましょう。もう城巡りは飽きたし、堅苦しい男達に会うのも疲れたわ」
シャロンは楽しそうにするが私はまだ気楽にはなれない。
まさかハッタリじゃないだろうな……。もしそうならタダではおかないだろう。シャロンではなく私とローレンスがだが……。
なんにせよ同じことを見てきた私にはまったく分からなかった。
スパイは誰か? どうやって密室を作ったのか? ルイス少佐はどこに行ったのか?
謎を挙げればキリがない。誰もが怪しく思える。かと思えば本当に犯人なのかと思える時もあった。
釣り糸を使ったトリックも結局分からないままだ。グラスの氷も使えばなんでもできるような気もするし、あんな短い釣り糸じゃなにもできない気もする。
そもそもあの部屋の鍵穴は特注だから細工はできない。できるとすれば窓からだが、空を飛べたとしても密室を作るのは難しいだろう。
魔法使いが主犯なのか、それとも軍の関係者が主犯なのか。そもそも共犯はいるのか。いたとすれば何人なのか。何人でもいる気もすれば、誰もいない気もする。
なにか魔法を使ったのだろうか? それとも本当に猫が教えてくれたのか? そう言えばあの実験はなんだったんだ? アルカリ性だとなんなんだ?
あとは犯人の動機も分からない。なぜシモン・マグヌスを殺した? 魔法使いが自分の作品を有利にするため? それとも軍にいる魔法反対派の仕業か?
そう。この事件はとにかく分からないことだらけなのだ。
そんな私からすれば余裕綽々のシャロンは不可解でしかなかった。
私は話を聞いた全員を思い浮かべてみた。密室の謎は分からなくても動機なら分かるかもしれない。
まずは『魔機構』サイラス。あの男の場合はやはりカネだろう。自分の順位を上げるためとしか考えられない。
『青薔薇』ことヴィクトリアもカネか。またはプライドという可能性もある。自分より上の存在を許せないタイプに見えた。
『美食家』のアーサーは想像もつかない。あえて言うならこの事件自体が遊びの可能性はあるが……。
『ドクター』ロバートも人を殺すような男には見えなかった。ただ殺しを毛嫌いしていたから兵器で人を殺さないためにシモンを殺すということは矛盾しているがあり得る。だが彼が持ってきたのは自白剤だ。スパイがそんなものを持ってくるとは到底思えない。
『新奇』のイヴリンも人を殺せそうにない。だが怪しいところがないところが逆に怪しい気もした。彼女が古城に来た目的が殺人ならあのふざけたカチューシャを持ってきたのも頷ける。
あとは軍の関係者か。彼らの中に犯人がいる場合はまず間違いなく魔法反対派だろう。
ラブロ大佐は頭が固そうだった。あれくらいの年齢は魔法を嫌っている場合も多い。
テオ中佐も似たようなものだが、レナード大尉を部下にしているくらいだからある程度懐は深いはずだ。
リカルド大尉はまさに武人という人で、彼もまた魔法の利用は好まなそうだ。
レナード大尉は分からない。頭が切れるから有益だと分かれば魔法も取り入れようとしているかもしれないが危険性を排除するために殺した場合も考えられる。父親が中将というのも気になる。親に命じられて暗殺しに来たのかもしれない。
そして消えたルイス少佐。彼はまず間違いなく事件に関係しているはずだ。だがどうやって密室を作った? 三階にいたのは確実なので魔法使いの中に共犯者がいるのだろう。その場合怪しいのはアーサーだが、彼に一体なんのメリットがある?
疑問はいくつも出てくるのにそれらに対する答えは思いつかない。思いついても想像ばかりで推理とは言えなかった。
大体こんな事件を三日で解けなんて不条理にもほどがある。
逃げられるなら逃げたい。だが逃げることなどできない。結局私にできることはシャロンに全てを託すだけだ。
「……少し早いですけど行きましょうか」
「そうね。でもその前に部屋まで戻って取ってきてほしいものがあるの。紙袋に入れてあるから持ってきて」
「分かりました」
なんだろう? 晩餐会に出るためにアクセサリーでも付けるのか? いつもドレスを着ているからこのままでも問題ないと思うが。
不思議に思いながらも私は言われた通り部屋に戻り、紙袋を持って戻ってきた。そしてシャロンを抱きかかえ、車に乗って城へと向かった。
シャロンは後ろで紙袋を開けてなにかをしているが、それがなにかを確認するほど私に余裕はない。人生で一番緊張した運転だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます